第46話

 農村の向こうは活気のある街だった。いろいろな露店が出ていて、みんな商いに勤しんでいる。

「ここは商業の街、ルズリーブルクだ」

「栄えているな。これもアルフレッドの手腕なのだろう」

 ジュペは感心したように言った。領地が栄えるも、廃るも、領主の手腕にかかっている。

「すごいな。ここなら何でも手に入りそうだ」

 シュリは興味深そうに露店の品々を見て歩いた。

「何も買わないぞ。荷物になる」

 ゴドーに言われて、シュリは少しすねたように、

「分かっている」

 と答えた。それを見てユーリが、

「すべてが終わったら、またここへ来たらいいよ」

 とシュリに優しく微笑んだ。その笑顔にシュリの仏頂面も和らぎ、

「そうだな。なら、早く終わらせてしまおう」

 と言いながら笑顔を返した。ユーリの笑顔は魔法だ。言葉も微笑みも人の心を癒してくれる。なんとも不思議な少年だ。


 なんだか前方で、ざわめきが聞こえる。

「不正な商売の取り締まりだろう」

 ゴドーが言った。近づくと、宝石を売る露天商が、兵士に腕を取られ、怒鳴られていた。

「お前、売り上げをごまかしたな! 未納の税金と、懲罰金の支払いを命じる。そして、許可証を剥奪する」

「そんな! それは勘弁してくださいよ。もうしませんから」

「それは出来ぬ。この処分に不服があるならば、正式に不服申し立てをせよ」

 兵士は宝石商の男から、許可証を取り上げ、店を畳むよう命じた。

 よくある光景なのか、道行く人々はその出来事に関心を示さなかった。

「行くぞ」

 僕らがこの街を通り抜けるのは簡単だった。兵士に止められることもなく街を出た。

「この先には川がある。橋のない広い川を船で渡る」

 ゴドーの言うとおり、向こう岸の見えない大きな川にたどり着いた。僕らは船賃を渡し、割と大きな船に乗った。向こう岸に渡る人たちは大勢いて、商人が馬車ごと乗り込むこともできた。

「すごいなぁ。これが川だなんて」

 シュリは、広い川と大きな船を珍しそうに見ている。ジュペは意外とおとなしくしていた、というより、少し怯えているように見える。

「ジュペ、どうしたの?」

「こんな大きな川は初めて見た。お前は怖くないのか?」

 確かに、僕もこんな広い川も、大きな船も初めてだった。

「言われてみたら、少し怖い気もするよ。初めての体験だからね」

 恐れることは恥ではないと僕は思う。もし、この状況で襲われたらどうなるだろう? 川に落ちたら助からないかもしれない。常に危機感を持っている必要はある。

「この川にはね、伝説があるんだよ」

 ユーリは語り始めた。


 その昔、川には美しい龍が棲んでいたという。艶やかな鱗は日の光に照らされれば白く光り、夜の月に照らされれば青く光る。この大きく豊かな川の水を守る守り神として崇められていた。その噂を聞きつけた東国の王が傲慢な欲を出し、その龍を捕獲せよと家臣に命じた。兵をあげ、大群で龍の捕獲のためこの川へと出陣した。それを知った山の神が怒り、山は大噴火を起こし、山のふもとにあった強欲な王の国は一夜にして滅んだという。出陣していた強欲な王の兵士たちは、国が滅んだことも知らずに川へと辿り着き、龍の捕獲を試みるため、船で川へ漕ぎ出でた。水の神は兵士たちの使命を知ってか、悲しみの涙を流しながら現れ、優しく諭した。

『我を捉えることなど、人には出来ぬ。主の命に従う運命、哀れな者たちよ。帰る国はもうありはしないというのに』

 龍はそう言うと、大きな波を立てながら、深い水の底へと姿を消した。龍の立てた波は大きくうねり、兵士たちの乗っていた船は水に飲まれ沈んだ。その悲しみの日から、龍は姿を見せることはなくなったという。


「その龍はまだこの川に棲んでいるのかな?」

「古い伝説ですよ。本当に見た人がいたのか、それを証明することは誰にもできない。だって、今生きている人は誰も見ていないんだからね」

「いるさ」

 ゴドーがぼそりと言った。

「なんだって?」

「俺は見た。もうずっと昔にな。空気の澄んだ寒い夜の事だった」

 

 ゴドーは水平線に目を向けて語りだした。


 俺がまだ旅に出たばかりの頃だった。この川に着いた時、龍神の伝説を耳にした。誰もその姿を見た者はいないのに、なぜ伝説を信じているのか。本当にいるのなら、俺は自分の目でその姿を見てみたいと思った。龍神を崇め信仰する者たちは三年に一度、龍神祭りを開催するという。その祭事が明日という日の晩に、前夜祭が行われた。この川越街には多くの行商人や旅人が訪れるが、この祭り目当ての者も多く来ていた。街の大通りで、模造した青い龍を多くの人が担いで、泳ぐように躍動感あふれる舞を見せた。太鼓やお囃子がさらにその舞に迫力を与えていた。俺はそんなお祭り騒ぎなどには興味はなかった。騒々しさから逃げるように一人川へと向かった。どこまでも続く広い川は、岸からでは川なのか海なのかも分からないほどだった。俺は小さな風の渦を起こし、その風に乗り川を上から眺めていた。その日はひときわ大きな青い満月だった。海のように広い川は凪いでいて、月が水面に映り幻想的な美しさだった。それに見惚れていた俺は、水底の気配に気づくのが遅れた。水面が急に盛り上がり、水面の月もかき消された。その大きな存在に気付き俺は高く昇った。

『我もこの美しい月に引き寄せられた』

 龍は水から顔を出し、月を眺めた。

「お前も月を美しいと思うのだな」

『人の子よ。我の姿が見えるのだな』

「なぜそう言うのだ?」

『人には我が見えぬから』

「そうではない。お前は龍神として崇められ、伝説となっている。見える者もいるのだ。しかし、今は見える者があまりにも少ない」

『そうであったか』

「淋しいのか?」

『そうかもしれぬ』

「今日は俺がここにいる。淋しくはなかろう。いつかまた、ここを訪れた時、お前に会いに来よう」

『また、美しい月が見えるといい』

 俺は龍と言葉を交わし、守れぬ約束をした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る