第36話
「おい起きろ」
僕を起こしたのは誰だろう? 目を開けると、薄暗いテントの中だった。
「ああ、そうか。ここはキャラバンのテントか」
目の前には僕を起こしたゴドーがいた。シュリとジュペはまだ寝ているようだ。
「おはよう。まだ外は暗いみたいだけど、どうしたの?」
「しっ。小声で話せ。静かに二人を起こすんだ。俺は外の様子を見てくる。何かおかしい」
僕は言われたとおりに二人をそっと起こした。
「なんだ?」
「もう朝なのか?」
「静かに」
二人は寝ぼけまなこだったが、急に真剣な表情になった。
「どうした?」
「分からない。今ゴドーが外の様子を見に行った。嫌な予感がするよ」
「お前が言うと、本当に悪いことが起こるような気がする」
「嫌なことを言うなよ」
僕らが話していると、ゴドーが外に気を配りながらテントへ帰ってきた。
「どうだった?」
「みんないなくなっている。テントや品物、家財道具のすべてを残して、人間だけが消えている」
「それって、どういうことなの?」
「俺に分かるかよ。不自然だ」
「盗賊に襲われたとか?」
「それはねぇよ。盗賊だったら、人を残して全部持ち去る。闇の仕業か……」
ゴドーの言うとおり、人だけが忽然と姿を消すなんて盗賊の仕業ではない。しかし、闇の気配は感じられなかった。寝ている間に襲われたに違いない。闇は僕らを狙ったのだろうか?
「これからどうするの?」
「それは光の子であるお前が考えろ」
「それじゃ、東へ向かうよ。キャラバンの人たちを救う方法はそれしかない」
「フンッ。みんな闇に殺されちまっているかもな」
「それはないと思うよ」
僕はそう思えた。闇は人間の命を奪わない。むしろ生かしたまま苦しみを与える。そんな気がしたのだ。
「じゃ、生きているんだな?」
「はっきりとは分からないけれど……」
僕は断言するのを恐れた。ヤマトのように、僕は自分の感を信じることが出来ない。自分自身を信じられないのだ。自信がない……。
「光の子の言うことはいつも正しい。お前の言うとおり、きっと彼らは生きているさ」
ジュペがそう言って僕の肩をポンと叩いた。何だか、辰輝に似ている……。
「行こう」
シュリはそう言って、立ち上がった。彼の背中は一回りも大きくなったように感じられた。まだ夜も明けきらぬ広漠に、僕らは足を踏み出した。背負うものの大きさや重さは、日に日に増していく。クリスタの街の住民、キャラバンの人々……。僕は彼らを救うことが出来るのだろうか? いや、それは違う。僕は光の子。ヒーローじゃない。闇を討つのは光の勇者、シュリなのだ。僕は彼を守護する者。命を懸けて……。何もない広漠地帯をただひたすら歩いた。日が昇りきり、強い日差しが僕らの体力を奪っていった。
「なあ、この先には街はあるのか?」
シュリは一人、遅れて歩いていた。
「ああ。だが、まだずっと先だ」
さすがのゴドーも疲れきっているようすだ。
「あそこの木陰で休もうか?」
ジュペが言った。仲間のことを気遣ってだろう。まばらに生える瘦せた木は、木陰を作るほどの葉をつけてはいなかったが、少しの陰で僕らは休むことにした。キャラバンから持ってきた水と食料で腹を満たすと、疲れも少しは和らいだ。
「次に着く街は何ていうの?」
僕の質問に、ゴドーは答えた。
「レスタ……。闇の生まれると街と恐れられている」
「闇だって?」
「今回の闇と、何か関係があるのか?」
「たぶん、ないだろう。そう呼ぶのは無知な奴らだけだ。レスタは、街の真ん中に黒い塔が立つ。それが闇を作り出しているという噂がたったのだ。しかしあれはただのシンボル。恐れられている一番の理由は魔術だ。俺もそこで魔術を習った。俺の生まれ故郷だ」
闇の生まれる街と恐れられた魔術師の街レスタ。興味深い響きだ。
「そうか、そんな街があったとは知らなかった」
ジュペは魔術師の街にに興味を持ったようだ。ゴドーはフンッと鼻で笑った。
「なあ、太郎。向こうの世界の夢は見たのか?」
シュリはヤマトのことが気がかりなのだろう。
「うん、見たよ。ヤマトは僕の友達の辰輝に事情を話して、僕に成りすましているよ。二つの世界をつなぐ者を見つけたようだ。これから接触するというところで、夢は終わった。続きは今夜見られるだろう」
「なあ、今はヤマトと話せるのか?」
「それが……。何度も試してみたのだけれど、僕の声が届かないんだ。ヤマトの声も届いてはこない。二つの世界がこんなにも近づいてきたというのに……」
僕は空を仰いだ。この世界の空気には不純物がないのだろう。抜けるように透き通った蒼い空が広がっていた。
「出発するぞ」
ゴドーがぼそりと言った。
「ああ」
ジュペは立ち上がり、二本の剣をガチャリといわせて肩にかけた。
僕は歩いてきた道なき道を振り返った。ここへ来てから僕は、疲れるということを忘れてしまったのだろうか? シュリは重い腰をあげて、先を行くゴドーとジュペを追いかけるように歩いた。
「太郎、早く来いよ」
シュリが僕をまっすぐ見て言った。
「うん」
そのとき初めて、彼はヤマトではなく、僕を見てくれたのだ。胸に熱いものが込み上げてきた。
僕らはまた、身体の動く限り歩き続けた。日は傾き、夜が来るのを僕らは今日ほど歓迎した日はないだろう。炎天下で歩き続けた身体は、異常なほど火照っていたのだ。
「やあ、やっと、涼しくなった。もう少しで焼け死ぬところだったよ」
「シュリは大げさだなぁ」
ジュペがそう言って笑った。
「見ろ、あれがレスタだ」
ゴドーが指差した先には、黒い塔がたっている。
「あれがレスタか」
西日に照らされ、想像以上に黒々と光る無機質な黒い塔は、全てを圧倒するような得体のしれぬ妖しい気を放っていた。あれがただの飾りとは僕には思えない。何か重大な秘密が隠されているように感じた。
「言っておくが、街の連中は変わり者ばかりだ。だが、悪意はない」
街に入ると、そこはゴドーのようなフード付きマントを羽織った者が目立つ。街の中央の黒い塔までまっすぐと延びた街路を行くと、広場があった。黒い塔を下から見上げると、身震いしそうなほどの圧迫感が僕を襲った。
「この感じは何だろう?」
「どうした?」
ゴドーがぼそりと聞いた。
「分からない。けれど、この塔はただのシンボルなんかじゃないよ」
僕の言葉に、ゴドーは渋い顔をした。
「そのことは俺らの前でしか言っちゃならねぇぜ。街の連中はシンボルを崇拝している」
「分かったよ」
僕は少し気分が落ち込んだ。この世界へ来てから、不思議なほど、感が冴えるようになった。けれど、感じたことをすべて口にしてはいけないと言われているような気がした。
「もう日が暮れる。今夜の宿を探さなければならないだろう」
ジュペが言った。
「ここには宿屋はない。旅人もここで泊まるのは薄気味悪いのだろう。この街に留まろうとはしない」
「それじゃ、どこに寝泊まりするのだ?」
「ここは俺の生まれた街。変わり者の知り合いがいる。そこへ宿を借りる」
「そうか。よかった」
シュリは安心したように言った。
「ところで、変わり者って……」
シュリの質問にゴドーは答えなかった。僕らは彼の案内について行き、街はずれの古い家に着いた。
「ここだ」
ゴドーがそう言うと、そのドアを軽くノックした。
「誰だ?」
警戒するような、硬い声がした。
「俺だ、忘れたのか?」
ゴドーは名乗らなかったが、ドアの向こうの男は、声で分かったようだ。
「お帰りゴドー」
そう言ってうれしそうに、ドアを開けて、僕らを歓迎してくれた。
「さあ、入ってよ。おや、珍しいな。ゴドーが誰かを連れてくるなんて。友達にしちゃぁ若いなぁ」
「フンッ」
その男は、魔術師のようには見えなかった。
「はじめまして、ボクはトキ。君たちはどこから来たの?」
トキはゴドーの友人にしては、よくしゃべり、とても人懐っこい青年だった。
「僕は太郎」
僕が二人を紹介しようとしたが、ジュペが前に出てきて、トキに握手を求めた。
「私はジュペ、彼はシュリだ」
ジュペはこの青年のことが気に入ったようだ。
「久しぶりだが、変わりはないか?」
ゴドーが僕らの前で、初めて人を気遣うような言葉を言った。
「この通り、元気にやってるよ。ボクはゴドーのことが気がかりだったよ。旅に出て、もう五年も経つんだ。どこで何をしていたのか、僕に話して聞かせてよ」
ゴドーは、フンッと鼻を鳴らした。
「私たちもゴドーの話しを聞きたいな。あなたはここを出てからどのような旅をして、あのクリスタまで行ったのか」
ジュペも興味深そうに言った。
「クリスタだって? 聞いたことがあるよ。水晶の街だね。そこは別世界のように美しいのでしょう?」
トキは目を輝かせてゴドーを見つめた。僕らも、ゴドーが語りだすのを待った。
「フンッ。つまらない話しさ」
そう言って、彼は語りだした。
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