第7話

 セシルとヤマトはお互いに牽制しあい、相手がどう出るか見計らっているようだ。周りの者は、息を吞んで見つめる。先に動いたのはセシルだった。剣は弧を描くように空を切った。ヤマトはセシルが動いたとき、すでに間合いから外れるように飛びのいていたのだ。

「さすがだな」

「あなたこそ。それほど速く剣を振るうとは、一瞬焦りましたよ」

 ヤマトが涼やかな声で言った。本当に焦っていたのだろうか? セシルの動きを読んでいたに違いない。


「この勝負、早く決着をつけてしまっていいでしょうか?」

「ほう、それほど自信があるというのか?」

「いえ、あなたは本気じゃないようですから。僕を斬るつもりはないのでしょう? 僕もあなたを傷つけたくはありません。どうでしょう、僕があなたの剣をその手から落として見せましょう。あなたを少しも傷つけずに。あなたは僕の髪を縛る紐を切り落として見せてください」

「よかろう。ではいくぞ」

 戦いは再開された。今度は、互いの目的のものだけを狙い、剣を振る。シュッと剣が何かをかすめたような音がした。セシルの剣がヤマトの服を斬ったようだ。彼には怪我はないだろうか?


「どこを斬っているのでしょう?」

「お前こそ、剣はまだわたしの手にあるぞ」

 剣と剣が当たる、キンッと高い音が何度も響いた。どちらもまだ、目的は達成できていない。セシルは常にヤマトの髪の紐を狙う。ヤマトの作戦勝ちになるだろう。どう考えても、後ろに束ねた髪の紐は狙いにくい。しかし、セシルとしても、優秀な剣の使い手として、少年であるヤマトと同じ条件では、プライドが許さないだろう。

「僕が勝ったら、本当に僕の願いを叶えてくださいね」

 ヤマトは戦いながらこんなことを言った。ここからは相変わらず、彼の顔は見えないが、きっと余裕の表情を浮かべているに違いない。

「無論だ。同じことを言わせるな」

 セシルは剣をヤマトの顔に向けた。

「すみません。しかし、失礼ながら、あなたにどれだけの権力があるのか、図りかねたものですから」

 ヤマトは向けられた剣を弾いた。

「お前はわたしに何を望もうというのだ? まさか、権力が欲しいというのではあるまいな」


 セシルの剣がまたヤマトを襲う。黒髪を縛る紐にはなかなか届かない。二人は少しずつ離れ、距離をとった。

「権力とは、あなた方のような人が欲しがるもの。あなたはここにいる者たちをご覧になられましたか? 粗末なものを身につけ、粗悪な長屋に住まう。その日の食べ物にも困るような暮らしぶりを」

 ヤマトは剣の動きを止めた。

「何が言いたいのだ?」

 セシルもまた剣を下ろし、ヤマトを見つめる。

「僕はただ、彼らに仕事を与え、まともな住まいを提供し、十分な食べ物を得ることができるように計らってほしいと願うだけです」

「お前には欲というものがないのか? 他の物を望むこともできるというのに」

 ヤマトはサッと剣を構え、

「同じことを二度言わせるつもりですか? 僕が勝ったら聞き届けて下さい」

 そう言って、セシルの懐に飛び込んでいった。そして、セシルが剣を振る前にそれを叩き落とし、あっという間に決着がついてしまった。


「まいった。わたしの負けだ」

 セシルは負けを素直に認めて、ヤマトに握手を求めた。

「お前と剣を交えたこと、うれしく思う」

「僕の方こそ、あなたのような剣士に認めていただけたことを誇りに思います。これから城に戻られるのでしょう?」

「ああ、お前との約束は守るつもりだ」

「はい。僕が聞きたかったことは、あなたは城に戻って、何か罰を受けるのではないだろうかと」

「お前が気にすることではあるまい」

 セシルは会釈すると、馬にまたがり行ってしまった。

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