第4話
「どうしたのです?」
ヤマトは鎌を静かに置いて、柄の部分は手に持ったまま外に出た。
「いいから、早く!」
シンシンに手を引かれ、ついてゆくと、貧乏長屋には不釣り合いな立派ななりをした人たちが、馬に乗って大通りの方からやってきた。どうやら、城の者らしい。
「どう、どう」
馬を止めて、ヤマトの前に居並んだ。三頭の馬にはそれぞれ兵士が乗っている。一番前にいるのは、見事な髭を蓄えた初老の男。三人は馬から降りた。
「何事でしょう?」
「鍛冶屋のヤマトよ。これより王の命にて、城で剣を作ることを任命する」
「お断りします。ところで、あなたは誰なのでしょう?」
「おお、これは失礼した。わたしはセシルと申す。王のご命令には、何人も背くことは許されないのだ。お前もそれぐらいは分かっておるのだろう?」
「僕は剣を作りません。たとえこの首が飛ぼうとも」
ヤマトの言葉に、業を煮やした部下の一人が、剣を抜きヤマトに向かって振り下ろした。
「物騒ですね」
ヤマトは、手にしていた鎌の柄でそれを振り払った。相手が本気でなかったとしても、これほど俊敏な反応を見せたことに、一同が感嘆の声を漏らした。セシルが部下を征し、下がるよう命じた。
「さすがだな。お前の父はいい鍛冶屋だった。この国の中で、彼の右に出る者はいなかった」
「あなたは父をご存じなのですね? それも当然のことです。僕の家が、代々王家の剣を作ってきたことは存じていますが、それは先代までの話。父は他界したのですよ。剣のせいで、戦いのせいで。いいですか? 剣は人を斬るための道具です。そんなものが、この世の平和につながるわけがありません」
「お前の腕がいいのは評判だ。どの鍛冶屋も、やはりお前には適わない。わたしから直に頼む。このとおりだ」
セシルは貧しい人々の見守る中、ヤマトに深々と頭を下げた。
「師匠様。こんな子供に頭を下げるのはおやめください!」
二人の部下が、セシルを抱えるようにして、それをやめさせた。
「セシル様。あなたがどれほど懇願されても、僕は考えを改めません。どうかお引き取りを」
ヤマトはそう言って、彼らに背を向けた。そのとき、部下のうちの一人が、ヤマトの背に向かって剣を振り下ろそうとした。それをセシルが剣の鞘で受け止め、ねじ伏せた。
「馬鹿者! 無防備な者の背を斬りつけようとは言語道断。お前のような者は必要ない。わたしの元から去れ! 今すぐだ!」
男は跳ね上がり、馬に乗って去っていった。
「驚かせてすまなかった」
「いえ、僕は大丈夫です。たとえ後ろから攻撃されようとも、彼ぐらいの腕ならかわせますよ」
「たいした自身だな。あれでもわたしの二番弟子だ」
「そうでしたか、すみません。あなたを侮辱するつもりで言ったのではありません」
「気にするな。あの者は精神が強くないのだ」
セシルの後ろに黙って控える男。彼は終始無言のまま立っている。
「彼は一番弟子ということでしょうか?」
ヤマトも、彼が気になるらしかった。
「そうだ。名をソンシと申す」
「彼は口がきけないのですか?」
「そうではない。ただ、寡黙なだけだ。しかし、わたしには忠実で余計なことはしない」
ヤマトは顔をソンシに向けた。
「なあ、ヤマトよ。わたしはこのまま城に戻ることはできないのだよ」
「そうでしょうね」
「わたしと取引をしないか?」
「それはどのような?」
「お前の剣の腕を見てみたい。お手合わせ願えないか?」
「勝負をかけてということですね?」
「ああ」
「あなたが勝てば、僕はあなたの望むように、では僕が勝ったら、僕の望みを叶えてくれるということでしょうか?」
「もちろんだ」
二人とも妙に自身があるようだ。セシルが剣を持ち、
「では、勝負」
と言った。
「セシル様。僕は剣を持っておりません」
「ソンシ」
セシルが一言声をかけると、ソンシは自分の剣を黙ってヤマトに差し出した。
「ありがとう」
礼を言われても、ソンシは表情一つ変えなかった。
「では、セシル様。かかってきてください」
この勝負が始まるころには、長屋の住民のほとんどが出てきていた。
「そちらからまいれ」
ヤマトは剣を構え、セシルの胴めがけて横から斬り込んだ。カキンッという高い音を響かせて、セシルの剣がそれを受け止めた。
「よかったです。受け止めてくれて。あなたに怪我をさせては申し訳ないですから」
「本気でかかって来い。わたしのことを心配する必要はない」
セシルは受け止めた剣を跳ね返そうと力を込めているようだ。歯を食いしばっている。ヤマトの顔は見ることができない。そのうち、ヤマトの剣が滑るようにスライドして、セシルの剣から解放された。
観戦している住民たちは、それまでざわめいていたが、真剣勝負にくぎ付けで、声を出すことさえも忘れてしまったかのように静まり返っていた。
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