式井戸夢衣ちゃん露知らず

潰れたトマト

第1話 いつまでもいっしょだよ

ある日の午後ーーーーー。


 学校の校門前で別れを惜しむ生徒たち。

 彼らは今まさに母校から旅立とうとしている少女に各々の想いを伝えている。


 そう、転校である。


 転勤族の家庭の宿命とも言えるこの辛い離別は生徒たちの力ではどうしようもない事だと理解しつつも、生徒たちはみんな最後まで友を行かせまいと必死だった。


 そんな友達想いの友人達と涙を流しながら抱擁している少女である式井戸夢衣(しきいど むい)は、裏表のない素直な性格でクラスの皆に好かれる人気者だった。

 クラスの顔になれる人物では決してなかったが、夢衣の純真無垢な人柄がクラス全体の雰囲気を和やかなものにしていたのは皆が知るところとなっていた。


「夢衣ちゃん……絶対遊びに行くからね……ぐすっ……。」


「俺、実は夢衣のこと………ううん、なんでもない。………えと、元気でな!」


「お手紙出すからね夢衣!離れても一緒だよ!」


 クラスメートの言葉に思わず感極まる夢衣。


「うぅ……ッ!。みんなぁ……本当にありがとう………ぐすっ……。絶対にみんなの事、忘れないから……ッ!」


 涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を、制服の袖でごしごしと擦り付ける。

 夢衣は今非常に感動していた。

 別れはとても辛いが、大切な友人たちに見送られて幸せの絶頂に達してした。


 最後まで自分の名前を呼び続けるクラスメートに手を振りながら、夢衣の乗る車は遥か遠くの地を目指してその場を後にした。

 校門前での声援は静まり、クラスメートはとぼとぼと教室へと足を運んでいった。



 ※



 すんっ……… すんっ………


 赤く染まった鼻を鳴らして項垂れる夢衣。彼女にとって転校は初めてではなかった。今回で3回目となる親友たちとの別れはいつになっても慣れる気がしない。

 

 会えなくなった友人たちとはやがて音信不通になっていくのが夢衣には分かっていた。

 離れ離れになり疎遠となった間柄は徐々に薄くなっていく。最初のうちは電話や手紙のやり取りが続くが、そのうちお互いに新しい出会いが訪れ、この友愛は過去のものへと変化していくのだ。


 夢衣はこの幾度となく訪れる出会いと別れに辟易していた。心が疲弊していた。また新しい場所で一から友愛関係を築き、また突如として崩されるのだ。

 

 夢衣は大きくため息をついて、気持ちの整理に時間を有することにした。



 ※



 ドクン………


 ドクン………


「………ん………?ここは………?」


 ひとりの男子生徒が目を覚ます。

 彼は夢衣のクラスメートのひとりだった。

 彼女を見送った後教室へと向かう最中にいきなり意識を失い、気が付くと来た事もない真っ暗な場所に倒れていた。


「なに、ここ……?学校の前にいた筈なのに………。」


 ドクン………


 ドクン………


 男子生徒のいる空間は常に脈打つ様な鼓動が鳴り響いていた。まるで生き物の体内にいるような感覚。

 そして強烈な刺激臭。焼け付く様な匂いに冷静さを欠きそうになる。

 居心地としては最悪な場所だった。


「あ……あれ……?」


「え………何処ここ………?」


 背後から聞き覚えのある声が聞こえた。

 同じクラスメートの仲間だ。

 いつの間にかクラスの全員がこの異臭漂う空間に現れていた。


「お前いつからここに……。いや、それよりもどうやってここに来たんだ?」


「それはこっちが聞きたいよ!何なんだよこの臭ぇ場所は!」


「いやぁ!何かドクンドクンって音する!気持ち悪~い………。」


 その場にいる全員が意識を取り戻し、この現状に皆困惑していた。

 つい先程まで校門の前で転校する仲間をクラスメート全員で見送っていた筈だ。それがいつの間にか全員意識を失い、この異空間に連れてこられていたのだ。

 気味が悪いと、全員が顔面蒼白になっていた。



 ーーーーーその時だった。



 プシュウゥゥゥ………


 ドックン………!


 ドックン………!


 突然自分たちのいる空間が轟音と共にうねりを打ち始めた。足元の地面が活発に動きだし、立つ事さえ困難な状況になっていく。生徒たちは皆足場に弄ばれ、散り散りになっていった。


 辺り一帯でクラスメートの悲鳴が鳴り響く。誰もが視界ゼロの中、この悲鳴だけが仲間たちの存在を示してくれていた。


「みんな落ち着け!声を頼りにもう一度集まるんだ!」


 クラスのリーダー格が大声で叫ぶ。

 今までクラスの皆をひとつにまとめてくれていた男子だ。彼の言葉が生徒全員の心に響いた。

 リーダー格の男子の声を頼りに全員が声をかけ合う。足場が荒れ狂う最中、少しずつ生徒たちの声の発信源は距離を縮めつつあった。


 あった。



「はぅ………ッ!み、みんな、何処なの!?すぐ近くだよねぇ!?」


 リーダー格の男子の声がする方向へと必死に這っていく女子。

 だが、なかなか返事が返ってこない。もう彼の元へと辿り着いている頃だ。

 不審に思いながらもなお這い続ける女子。


 べちゃっ


「………え?」


 左腕に何かの液体が付着する。真上から降ってきたのだろうか。


 そんな思考に至る前に、女子の左腕に強烈な刺激が走った。


「~~~ッ!!」


 声にならない悲鳴が出る。左腕の全てが熱い。熱湯なんて比にならない熱さが激痛となって彼女を襲う。

 何事かと思い左腕を右手で触れる。


 ーーーが、そこに左腕は存在しなかった。

 そこにある筈の左腕の感触はなく、代わりに細く硬い物体に触れていた。

 それは皮膚と筋肉が溶けて露出した自分の左腕の骨だった。


「いああああぁあぁあッ!!!」


 自分の左腕が溶けている事に気づいた女子の喉から金切り声が飛び出す。

 事の異常さに気が触れてしまった。

 彼女が喚き散らす物体と化したその前方数十センチ先には、頭部の頭蓋骨が露出したリーダー格の男子が倒れていた。



 ドックン………! ドックン………!


 ドックン………! ドックン………!


 生徒たちを内包する空間の揺れが激しさを増す。まるで獲物を収めて喜ぶ化け物の腹の様に。

 そしてそれと共にあちこちから生徒たちの叫び声が上がる。そのどれもが地獄に落ちた人間の如く絶望的な奇声となって辺りに響き渡った。


「んぎィ……ぁあ…ッ!ど、溶げるぅ!」


「いや……助けて……足がないよ……。」


「誰がァ……助けでェ………ッ!」


「嫌だァーーッ!こんな死に方は嫌だァーーーッ!」


「ごぶっ、ごぶぷ………ッ!」


 生徒たちは、自分たちの周囲の壁から強酸性の液体がドロドロと流れ出して次第に水位を上げている事に気付かないまま、徐々にその身体を液体と一体化させていった。


 空間が活性化してから彼らの身体が全て溶けるまで5分とかからなかった。



 ※



「………けぷっ。」


 車の後部座席で突然げっぷをする夢衣。


「……?まだ夕御飯食べてないのに……?」


 あれ?と首を傾げる。クラスメートとの別れが憂鬱過ぎて、お昼ご飯も喉を通らなかった筈なのに。


 気を取り直して再び気持ちの整理をつけ始める夢衣。

 心なしか、クラスの皆が付いて来てくれている感じがした。

 まるで側にいる様な。

 すぐ近くにいる様な。


 そんな不思議な感覚を味わいながら、夢衣は新天地へと旅立っていった。




 式井戸夢衣は、まさか無意識にクラスメート全員を自分の胃袋に縮小転移してしまった事など気付きもしなかった。

 ましてや、大事なクラスの皆を胃袋で味わっていたとは露知らずだった。


 何故なら、式井戸夢衣は無意識に巨大化したり、無意識に人や物を縮小・転移してしまう、純真無垢で素直でちょっと不思議な女の子だったのだから。

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