第42話 闘技大会、そして
闘技場の中央で待っていると、遅れて例の二年生が歩いてきた。相変わらずせせら笑いながら、こちらを睨め付けてきている。
「よぉ。生意気な後輩ちゃんを痛ぶりに来たぜ!」
その背後には審判の姿もある。
……知らない顔だ。多分、学園長側の人間だろう。
「ああ、怖いですね」
「ふははは! そうだろうそうだろう! なぜなら俺は特待生だからなぁ!」
黄色の制服をこれでもかと見せびらかしてくる。
審判が俺たちの間に立ち、ひとまず場を制す。
「今回の闘技大会は観戦の許可も下りている。そのため、学園長も観戦に参加するため気を引き締めるように」
淡々と説明をし、審判が手を挙げると、
「おお。こんな魔法は過去にはなかったな」
待機室の壁が透き通り、ユリたちの姿が見えた。
「頑張ってください!」
「頑張れー!」
「頑張ってねぇ」
彼女たちの声も聞こえる。
ほう。最近の魔法もたまには便利なものもあるんだな。
しかし、飛び交っているのは黄色い声援だけではない。
「あんな最下生なんて潰してしまえ!」
「雑魚が! なんで闘技大会になんて出てんだよ!」
おいおい。これって交流会じゃなかったのか?
明らかに罵倒大会になっているのだが。
ふと背後を振り返ってみると、件の学園長がいた。
なにも言わず、ただ俺のことを凝視している。
「さーて。俺、本気出しちゃおっかなー!」
「やってやれ!」
「最下生を分からせてやれ!」
そう言いながら、男は〈点火〉魔法で己の魔力をアピールしてくる。少し青い程度か。それに火力も低い。
「それでは始めるぞ」
「分かりました」
「へーい!」
審判が手を挙げると、その場がしんと静まる。
少しの静寂とともに手が振り下ろされた途端、
「なっ!?」
突然体の動きが鈍くなった。
ちらりと審判の方を見てみると、微かに魔力を感じた。
くそ。拘束魔法を発動しているな。
やっぱり学園長側だったか。
「〈水流波〉!」
相手がこちらに手のひらを向けて、水流を放ってくる。
しかしだ。
これしきの拘束魔法で俺が止められるわけがないだろう。こっちは前世賢者なんだ。
嘗められては困る。
「甘いですね」
適当に腕を振るい、相手の攻撃を霧散させる。
「なっ!? どうして動けるんだよ!」
「やっぱり組んでたんですね」
審判も明らかに動揺しているようだ。
今の俺の動きで完全に拘束魔法が解かれた。
「先輩、パンチとキック。どっちがいいですか」
「な……! 俺に魔法なんて使う必要がないっていいたいのかよ!」
別にそういう意味で言ったわけじゃないのだが。
まあいい。魔力の消費は少ない方が助かる。
「あれ……もしかして押されてるのか?」
「ちょっと待て……あいつ何者なんだ!?」
二年生から、そのような声が上がる。
これは少し目立ちすぎたか?
だが、地位向上を目指すならこれが正解だよな。
「パンチとキック、どっちがいいですか」
再度、彼に聞く。
「お、俺を馬鹿にするなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
かなり動揺しているのだろう。
遂にはなんの変哲もない、魔法弾を放ち出した。
もちろん、その程度の魔法弾ならもろに喰らっても問題はない。
これも適当に受け流しながら、前進していく。
「返事がないんで、とりあえずパンチでいいですね」
魔力を手に流していき、威力を上げる。
すっと腕を引き、彼の眼前にまで行き、
「ありがとうございました」
「なっ――」
思い切り攻撃を放った。
俺の拳はもろに相手の腹に命中し、二年生たちが観戦している方へと吹き飛んでいく。
一瞬焦ったのだが、どうやら壁を透明にしているだけで壁自体は存在したらしい。
壁はひび割れ、二年生たちは震え上がっていた。
ちょっと力を込めすぎたか。
まあ、死にはしない。
今の一瞬で回復魔法も付与しておいた。
「審判。これは俺の勝ちですよね?」
「……ガルドの勝利」
「「「やったぁぁぁぁぁぁぁ!!」」」
その言葉と同時に、一年生組から歓声が上がる。
ふう。ひとまず勝てたな。
ちらりと学園長を一瞥してみると、明らかに動揺しているようだった。貧乏揺すりが止まらないと言ったご様子だ。
「さて、あとは三年生か」
言いながら、三年生がいるであろう場所を探す。
あ、多分あそこだな。
二年生組から少し離れた場所に、三年生であろう人たちがこちらを見てきている。
……なんだ。なにか違和感がある。
なんだか、彼らの目の焦点があっていないように見えるのだが……。
「気のせいか」
三年生なのだ。
就職とか色々とあって忙しいのだろう。
このまま待っていようかと立っていると、背後から何者かが抱きついてきた。
「うわ! びっくりした」
「やっほー! 勝利、見届けたよ!」
「おめでとうございます! でもサシャさん。離れてください」
「おめでとうぉ!」
振り返ると、そこには三人の姿があった。
そして抱きついてきているのがサシャだ。
……それはいいのだが、ユリの視線がヤバい。
なんというか殺気を感じる。
「と、とりあえず離れようか」
このままではサシャの身が危うくなる気がしたので、慌てて離す。
「ともあれ、これで確実に地位は上がったねぇ」
「はい。あとは三年生だけ――」
刹那、魔法弾がこちらに向かって飛んできた。
俺は咄嗟に防御壁を生成する。
が、確かに防ぐことができたが防御壁が欠けてしまっていた。
「おいおい……何者だよ」
まさか学園長側の刺客か、と思ったのだがそうでもなさそうだ。学園長は明らかに困惑している。
防御壁を解除し、攻撃を放ってきた人物を確認する。
そこには、黄色い制服を身につけた一人の男子生徒がいた。
「…………」
男はなにも言わない。ただ、俺のことを見据えているだけだ。
「君! なにをやっているんだ!」
慌てて審判が止めに入ろうとする。
が――
「……邪魔だ」
審判を消しとばした。
一瞬だった。一瞬で決着をつけた。
「お前……ガルドだろ」
「……そうだが」
明らかに異常だ。
学園長の仕業にしても死人が出ているんだぞ。
さすがにそこまで趣味が悪いわけがない。
「ユリ、サシャ、エレア先生。逃げろ」
即座に転移魔法陣を生成し、彼女たちの背中を押す。
しかし、それを拒んできた。
「どうした! 早く逃げないとここはまずいぞ!」
もう必死だった。
このままではユリたちに被害が出てしまう。
周りの生徒たちもそうだ。
こうなったら無理やりにでも、大型転移魔法陣で……。
「先生たるもの、生徒を守らなくちゃどうするんだ」
「私も……友達のピンチを見捨てられないです!」
「僕も見捨てられないね。せっかくの下位仲間なんだ! 馬鹿同士これからも仲良くしよう!」
……まったく。
こんな気持ちは初めてだ。
前世では経験できなかった。
これが友達なのか。
俺は、彼女たちに身体能力や魔力量が上がるバフをかけた。ついでに防御結界も常に張り巡らせておく。
三年の特待生の方に向き、
「何者だ。お前は」
尋ねると、男はケラケラと笑いながら髪をたくし上げる。前髪が伸びていたからあまり見えていなかったのだが……目は真っ赤に充血していた。
「久しぶりだなぁ? ガルド」
この魔力……そして赤い目。間違いなく暗雲の魔女関連だな。それに、久しぶりって。
「もしかしてお前、ロットか?」
「ご名答」
途端、男の体が黒い炎に包まれる。
けれども、男は笑いを絶やさない。
「オレが、お前のことが大嫌いなロット様だよぉ!」
炎を払い、自らの姿を晒す。
暗雲の魔女を彷彿とさせる、黒い魔法使いの衣服を身に纏っていた。
「ガハハハハ!! さぁさぁさぁ! ショータイムといこうじゃないか!」
言いながら、指を天に掲げて弾いてみせた。
同時に発せられる爆発音。
ドーム内の至る所でなにかが起爆した。
「仕込み爆弾か……!」
コンマ単位。ギリギリのところで多くの場所に防御壁を張り巡らせて、どうにか犠牲者が出るのを防いだ。
「お前ら! 逃げろ!」
俺の声と同時に、多くの生徒が闘技場から逃げていく。
よし。これでいい。
あとは変な邪魔さえ入らなければ……。
「最下生よ。なにをいきがっておる」
転移魔法陣が目の前に現れたかと思うと、そこから学園長が現れた。
おいおいおい。どうして逃げなかったんだよ。
「これしきのこと、わしの力で――」
嘆息しながら、学園長の目の前に飛び出して放ってきた魔法弾を弾き返す。どこで暗雲の魔女と知り合ったのかは知らないが、さすがの威力だ。
少しばかり痛かった。
「な、な、な……」
「ほら。多分学園長さんでも無理だ。だから逃げてください」
「わしを、守るというのか」
……学園長を守る。
考えてみるが、それは少し違う気がする。
俺は、
「学園のみんなを守りたいんです」
「なにほざいてんだよ! クソガァぁぁぁぁぁ!!」
連続で放ってくる、高威力の魔法弾を痛みを堪えながら弾いていく。
これくらい、朝飯前だ。
「暗雲の魔女から力をもらったのか。まったく、お前は少しは後先考えろよ」
「うるさいなぁ」
諭してみるが、あまり意味はなかった。
まあ、意味なんてほとんど求めていなかったのだが。
「お前ら。行け」
そうロットが発した途端、背後から十五人の生徒たちが飛び出してきた。しかし幸運なのは、彼らの目が赤く染まっていいないこと。
まだ、救いようはあった。
多分洗脳されているだけだからだ。
「ユリ、サシャ、エレア先生。他の生徒を頼む」
「分かりました」
「おーけー!」
「任せてぇ」
さて。
お互い、総力戦と行こうじゃないか。
「サシャ!」
人数が多い場合、ひとまず全員の視力を奪って一気に殲滅するのが手っ取り早い。
そんな時にはサシャの出番だ。
「〈光鏡〉!」
分かっていたので、俺たちは目を瞑る。
一秒ほど待ったあと、目を開くと案の定多くの生徒がふらふらと彷徨っていた。
「無駄だな」
一人を除いてだが。
ともあれ、彼女たちには三年組を任せている。
彼らの視界を奪うことができただけで上出来だ。
ユリたちは今がチャンスだと、ロット以外の生徒たちに攻撃を開始する。もちろん気絶する程度にだ。
時間は稼いでもらっている。
あとは俺が頑張る番だ。
「ロット。俺はお前を倒す」
「はは。やってみろよ」
にこやかな笑みを浮かべたかと思うと、突然目の前にロットが現れた。〈時間跳躍〉を使ったか。
だが、その程度で俺がどうなるわけでもない。
彼が放ってきた拳を俺は手のひらで受け止める。
「〈時間跳躍〉なんて、つい最近くらったばかりだ」
「ほう。それが?」
カチッ。
そんな音が聞こえたかと思うと、俺の手のひらが爆発した。
くそっ! また仕込んでいたのかよ!
さすがにそこまでは想像しておらず、もろにくらってしまう。
吹き飛ばされ、壁に激突する。
「ガルドさん!」
ユリの声が聞こえる。
一瞬だが、意識がぷつんと途切れかけた。
危なかった。
彼女の声がなかったら、間違いなくこの戦いは負けていただろう。
ふらふらとよろめきながら、俺は立ち上がる。
まったく。サシャのような戦闘スタイルだったかこいつ。
少しは賢くなったようだな。
だがな。
「俺は賢者だぞ」
回復魔法の上位互換、修復魔法で体の傷を完全に治す。
ふぅ、と息を吐いてから少し跳ねて。
「来い。ロット」
「さすがはガルドだ! こらくらいの方が楽しめるからなぁぁぁ!!」
ロットは、手のひらを地面につけて魔法陣を生成する。
「〈魔軍召喚〉ッ!」
すると、一つだった魔法陣が幾重にも増幅していく。
そこから現れるのは、屈強な肉体を持った多くの魔物たち。
なるほど。数の暴力でやろうってわけか。
魔物たちは全員俺の方に敵意を向けている。
ユリたちは問題ないだろう。
向こうは向こうでいい感じに戦ってくれているようだしな。
「無駄だ。ロット、正々堂々と戦おうじゃないか」
俺は手を天に掲げ、
「〈制し槍の雨〉」
巨大な魔法陣がドームの天井に浮かび上がり、魔物を狙って的確に槍の雨が降り注ぐ。
一瞬で魔物を葬り、俺は一歩前に前進する。
「くそ! どうしてだ! オレは、オレは最強なはずだ!」
ロットは何度も〈魔軍召喚〉を繰り返すが、魔物は一撃で葬りさられるばかり。
無駄だというのに。
学ばないやつだ。
「くそが! 来るな来るな来るな!」
何度も、乱雑に魔法を放ってくる。
俺はそれを弾き飛ばすこともなく、全てを受け止める。
腕が吹き飛び、足が吹き飛ぶ。
だが、それは一瞬にして再生される。
「お前……! 本当に何者なんだよ!」
ロットは涙を湛えながら聞いてくる。
もちろん、別に隠す気もないので聞かれたら答える。
「俺か。俺は前世賢者の元使用人だよ」
「なっ――」
「〈聖剣浄化〉」
魔法陣から聖剣を取り出し、ロットの胸めがけて放つ。
これで、彼から暗雲の魔女によって与えられた魔力から解放されるはずだ。
ロットから剣を引き抜き、魔法陣に聖剣を放り込む。
彼の傷を修復し、背負ってやった。
どうやら、ユリたちも戦闘は終えたらしい。
「やりましたね! ガルドさん!」
「やった! 勝ったよ僕たち!」
「終わったねぇ!」
三人が一斉に抱きついてくるものだから、危うくロットを落としそうになってしまった。
危なかった。さすがにそれは可哀想だ。
彼は少し、欲望に溺れてしまっただけなのだ。
だが、もう戦闘は終わり。
こいつもこいつで反省してくれることだろう。
「……すまなかった」
背後からそんな声が聞こえてきた。
振り返ってみると、そこには学園長の姿があった。
「お前は本当に強い。すまない、平民だからと言って差別をしてしまって」
申し訳なさそうに、俯きながらいう。
「大丈夫です。最下生っていう称号。わりと気に入ってますから」
……ともあれ、これで俺に対する陰湿ないじめはなくなるだろう。それなら、最下生でも別に構わない。
なんなら、最下生という称号がなぜかしっくりきていた。最下生だからこそ、前世では見えなかった景色も見えた気がする。
「さて、戻ろうか。せっかくだし、打ち上げパーティーでもしようぜ」
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