第38話 忠告したのに戻れと言われてもな
面会室に通され、俺はとある人を待っていた。
そのとある人というのを聞かされてはいないが、大抵察しはついている。
「こちらです」
ドア越しからエレア先生の声が聞こえた。
敬語なのが少し新鮮味がある。
ガラガラと引き戸が開かれる。
そこには、やはりと言ったらなんだが――トレイ伯爵と執事長の姿があった。
「それでは、外で待っていますので終わり次第お声掛け下さい」
言いながら、エレア先生が退出する。
久しぶりに見る顔だ。
しかし、以前とは違ってかなりやつれている。
やはり色々とあったのだろう。
「早速だが、お主にお願いがある」
「そうか。なんだ」
爵位を持っている人間に放っていい言葉ではなかったが、もう彼らとは無関係なのだ。別に構わないだろう。
そんな態度でも、彼らはなにも言わない。
ふむ。相当追い込まれていると考えてよさそうだな。
「わしの領地に戻ってきてはくれぬか。魔物が暴れ、領民は出ていき、もうどうしようもない状態になっているのだ」
「それは、誰のためにですか?」
これが一番重要だった。
相手の返答によっては、もちろん俺も考える。
魔物の殲滅くらいならしてやっても構わない。
だが、トレイ伯爵の答えが重要なのだ。
いくらか黙った後、トレイ伯爵は口を開く。
「わしの爵位が危うい」
「そうか。それだけか?」
「ああ」
そうかそうか。
残念だ。それなら俺の答えは決まっている。
「俺は戻らないし助けもしない。これで話はお終いだ。それでは」
俺は席を立ち、部屋から出ようとする。
が、執事長がそれを遮ってきた。
「お願いします! どうか、どうか……」
「お前らの名誉のために俺は無償で頑張らないとダメなのか?」
くだらない。実にくだらない。
もし、答えが領民のためだったら未来は変わっていた。
だが、彼らは己の地位が下がるのを恐れたのだ。
地位に溺れた人間が、領民のためになにかを成し得ることができるとは思えない。
それに、そんな人間を助けたいとも思わない。
「待ってくれ! 頼む! この通りだ!」
「私からもお願いします!」
地面に跪き、土下座までしている。
しかし、それでも変わらない。
一見誠意的に見えるが、実際は己の地位が危ういから土下座をしているのだ。まったく、これでは土下座に失礼だぞ。
「もういい。これ以上話す意味がない。エレア先生」
そう言うと、エレア先生が扉を開けて入ってきた。
彼らたちに一礼し、それではと無理やり帰そうとする。
「待ってくれ! 頼む! 頼む!」
「お願いします! お願いします!」
本当に、残念だ。
しかし勉強になった。
「忠告したのに戻れと言われてもな」
地位に溺れた人間はなんでもするのだと学ぶことが出来た。それだけでも十分な収穫だ。
「ガルド、君は先に教室に戻っててねぇ」
「分かりました。お願いします」
そう言って、俺は廊下を歩いていく。
トレイ伯爵領に関しては、今後新たな領主が誕生するだろう。
その時には、国が対策として騎士団を動かすに違いない。彼らがどうにかするだろうから、俺は別に動かなくてもいいだろう。
さて……後はロットだな。
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