第5話
恐怖は何もなかった。
今まで生きてきた時間を共に過ごした「私」の体ではなく、
あの日見つけた「体」が私の体になっていた。
本当に不思議なことに恐怖はなく、あの恐ろしいほど美しく艶かしい体に私がなっていたのだ。
風呂場の鏡に映る私の知らない新しい体は確かに生きている。
そして温かい…体温がある。
自分の身体に魅入られそうになる。
私の心は私の心のままなのだろうか?
考えても自分が前の自分ではないような気もするし、別の何かのような気もする。
風呂から出てリビングに向かう。
体が軽い…
ソファに座り改めて自分の絵を見る。そこに描かれていたのは体の絵だ。
そこには何も魅力を感じない、あの情熱を捧げた、自分の全てを出し切ったあの絵はもう影も形もない別の体だった。
冷蔵庫から缶チューハイを取り出し、勢いよく3分の1くらいを新しい身体に流し込む。
熱った身体に冷えた液体を流し込むとよくわかる。これは前の体ではないのだ、液体の通り道も以前とは別の動きで沁み渡るのが不思議な感覚だった。
あぁ…新しい身体に恐怖はないが寂しさがあった。
以前の体はどこにもない。キャンパスに描かれたはずの美しい絵だったはずのものは「魅力のない私の前の体」になっているのだから。
残りの酒を新しい身体に流し込んで、キッチンに向かう。
私の時間とは違う方向に回る。
タバコに火をつけて勢いよく吸い込む。深い呼吸で肺から押し出す有害物質を見つめながら考える。
時間は2時を回った頃だろうか。
ここから時計は見えないが感覚的にそう感じた。
しばらく有害物質との雑談を楽しみ、ソファの前のキャンパスに向かう。
私の部屋のお気に入りの絵を飾るスペースは四つ。
その中の1つを避けて「体」を飾る。
最後のお別れのように愛おしく、悲しみもあるような絵を見つめる。
さよなら
そしてまた私は白いキャンパスをセットして、黒いシャツと青いデニムで自分に色をぬる。
玄関を開けて歩き出す。
今度はゆっくり一歩を確かめるように進む。
今度会うのは誰であろうとも受け入れるつもりでいた、公園に入り「塊」のあった砂場の真ん中に立つ。
有害物質の循環のつもりのように大きく深呼吸をして、ゆっくりと目を瞑る。そして感じたあなたに向かい足を進める。
こんにちは、初めまして。
目を開けると鉄棒にぶら下がる
白い肌で華奢な2本の「腕」に私は、
とびっきりの笑顔で丁寧で挨拶をした。
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