小田急道中肘栗毛

URABE

美奈の考え


朝9時、美奈は小田急線に揺られながら新宿へと向かう。最寄り駅の新百合ヶ丘は快速が停まるので、日中は最高の乗車駅だがラッシュ時は乗る時点で乗車率100パーセントを超えている。


コロナの影響でリモートワークが流行る中、美奈の会社は頑なに「通勤」の方針を変えなかった。


(家にいても退屈なだけだし、人混みに紛れる感覚も嫌いではないから)


独身、一人暮らしの三十路にとって孤独ほど寂しいものはない。孤独を避けるためならば通勤ラッシュでもみくちゃにされようが、新宿駅で宗教やネットワークビジネスに勧誘されようが、「人との触れ合い」という幸せに比べたらなんてことはない。



いつも通り9時9分発の快速急行に乗り、満員電車に揺られる美奈。しばらくすると目の前に座る学生が、次の駅である登戸で降りるそぶりを見せた。


(やった!久しぶりに座れるわ)


こんな小さなラッキーでも、美奈にとっては「ハート型ピノ」が出たくらいに嬉しい。今朝のめざましテレビの占いで「ラッキーアイテムは細めのベルト」と言われ、ひそかに実行したことが奏功したのかもしれない。


学生と入れ違いに新宿までの特等席を確保した美奈は、スマホでSNSのチェックを始める。すると隣りの女性が妙にピッタリと寄り添ってくるような、居眠りをしてもたれかかってくるような、イライラする近づき方をしてきた。

チラッと横を見ると、その女性は寝ていない。ではなぜ――。


(赤の他人にピッタリくっつかれて、いい気分なわけがない。せっかくのゴールデンタイムがこの女のせいで台無しになる!)


美奈はそれとなく肘を張り、左側に座るベッタリ女の脇を突いた。細身の美奈の肘はかなり骨ばっており、会社ではお菓子と交換に肩もみのオファーが殺到するほど。さすがにコレをされれば、この女も気づくだろう――。



ところが1分経っても、2分経ってもその女は離れようとしない。それどころか美奈の肘を避けてさらにこちらへ迫る勢いをみせる。


(一体どういう神経してるのかしら!)


さすがに堪忍袋の緒が切れた美奈は、左手を腰に当てると思い切り肘を張った。すると次の瞬間、隣りの女が美奈の肘の輪っかへ自分の腕を通してきたのだ。一瞬、何が起きたのか理解できない美奈。だが現実は、見ず知らずの女と仲良く腕を組んでいる状態。



努めて冷静に、何が起きているのかを整理しようとする。しかしどう考えても意味が分からないし理解できない。


左の女は何を考えているのだろうか――。

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