「アシュ、大丈夫か?顔赤いぞ?」


延ばされた手が、僕の額にひやりと触れる。

けれどそれは、案の定熱を生み出してしまう。



心配そうに見上げてくるその両目を、逃げずにまっすぐ見つめ返せば。


黒く澄んだそれに映るのは…

歓喜する僕の、情けない姿であって。







(嬉しい、か…)


大人になったつもりでいたが。

どうやら僕も、まだまだだったみたいだ。


セツの目に、自分が留まっただけで…浮かれてしまうだなんて。






「熱、上がったんじゃないか?」


無茶するからって、セツは額に当ててた手でガシガシと僕の頭を掻き回す。


おかげで手入れした髪はグチャグチャだけれど…嫌な気は全くしない。







「セツは妙な事を言うねぇ。僕が無茶するタイプだとでも?」


努力とか、他人に見せる性格じゃあないからね。

そのせいか騎士団にいた時も怠慢だって…後輩騎士からはよく、愚痴られてたくらいなのに。


それでもセツは、見透かしたように答える。






「解ってるって。だからこうして、誰もいないところで甘やかしてやるんだろ?」


「甘やかす…?僕を、セツがかい?」


反射的に吹き出してしまえば。

セツはそうだと言わんばかりに、また頭を乱雑に撫でてくる。






「アシュは年長者だし。なんだかんだ一番頼りにされてるだろ。普段はヴィンが仕切ってるけど、いざとなったらやっぱりアシュが影でみんなを支えてるんだと思うし。」


いつもは飄々と構えてるけど、実はちゃんと周りに気を配っているって。

自分はそれを解ってるつもりだからって。






「いつもアシュがオレに優しくしてくれる分、たまにはオレがアシュを甘えさせてやんなきゃなって。」


なっ!て笑うセツは、誰よりも綺麗で愛らしい。






「だからさ、こういう時はオレに言って?みんなには秘密にしとくからさ。」


告げてセツは、ハイと悪戯に自分の小指を差し出した。







(まいったねぇ、これは…)


柄にもなく、その小指に指を絡める自分もどうかと思うけれど。

こういったもどかしい恋も、悪くはないのかもしれない。セツが相手だと、素直にそう思える。


だって…






「いいのかい?僕とふたりきりで、ベッドの上でこんなことしちゃって。」


まだまだ素直になり切れない心が、ついつい邪魔をしてしまうけれど。






「ハイハイ、そーやって誤魔化さなくていーから。」


こんな時だけ鋭いセツは。

解ってるよ、と…子どもをあやすみたくぽんぽんしてくれるから。


これはどうも、セツには敵わないようだ。








「ふふ、ありがとうセツ。」


「ん。どーいたしまして。」


ああ、今頃は、相当なヤキモチ妬いて。

大変なことに、なってるんだろうなぁ。



なんたってセツが突然、僕の手を引いて部屋まで来てしまったのだし。

きっと色々想像して、稽古どころではないのかも。



それはもう、からかい甲斐があるだろうなぁ。







(けれど、今だけは…独り占めさせて貰うよ?)


いつもは君が独占しているのだし。

神子の心は元より、君だけのモノなのだから。






「少しくらいの我が儘なら構わないよね。」


「なに?」


「ん?いやあ、セツと部屋で逢瀬だなんて。ルーファスが知ったら怒られちゃうかなあって。」


冗談ぽく目を細めて笑えば…

セツはもう~と唇を尖らせ…わざとらしく僕の髪を両手でグシャグシャとしてくる。






「ルーの事は気にしなくていーんだよ。それに、」


“お前は絶対、酷いことはしない”





「普段は軟派なことばっか言ってるけど。アシュがオレに無理やりそういうコトっ…しないって、解ってるから。」



これには、やられた…

信頼されて手も足も出ないとか。そういう次元じゃあ…ないな。






「セツには一生勝てそうにないかも…」


「ふふ!だろ~?」


こんな可愛い神子様に振り回されて。

いい大人が照れて真っ赤になるだなんて…情けないにもほどがあるけれど。






(セツが相手じゃあ、仕方ないなぁ。)


僕の神子様が許してくれるというのだから。

意地を張るのはやめておこう。





幼い頃から夢にまで見た、神から召されし異世界の救世主。


それは純粋な乙女とされ…

きっと女神のような存在だと誰もが疑いもしなかったけれど。





(まあ、関係ないかなあ…セツはセツなのだし。)



寛容だからってわけじゃあない。

セツだからこそ、そうだと思える。





(僕の愛しい女神様、か…)


それはそれで間違いはない。

何故なら彼の笑顔は、幼い頃に描いた想像以上に…目映まばゆいものだったのだから。






「しかしセツ、課題の方は大丈夫なのかい?ヴィンにバレたら、さすがに不味いと思うけれど。」


「ああ…!忘れてた~どうしよう!」


笑顔も恥じらう姿も、怒った顔も慌てた表情も。

なんであろうと、全てが愛おしい。






(ああ、泣き顔も見てみたいなあ…)


不謹慎と言われても。

好きなコの全てを独占したいと思うのは、人の本能なのだから


…致し方ない、だろう?







「アシュ、助けて!」


「ちょ、セツ…さすがにそれは不味いって…」


廊下から響いて来る靴音に怯え。

大胆にもベッドへと潜り込もうとするセツに、苦笑する。





はてさて、その足音の主は一体のものなのか。

まあ誰であれ、とりあえずこの状況の言い訳は…


考えなくちゃ、ねぇ?



…end.

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