宇宙猫の侵略

コアラ太

第1話 宇宙猫の報告

 へいの上を見上げてみろ。

 一本の垂れ下がった尻尾は無いか?


「ねこちゃーん。こっち見て」

「にゃぁーん」


 釣れた人が猫よりも撫でた声で話しかける。

 猫の愛らしさに魅了された人が、今日も今日とて奇妙な声で語りかける。


「もう行っちゃうの!?」

「フンス」


 ちょろい奴に用は無いとばかりに、そのデブ猫がピンと立てた尻尾をたなびかせながらピョンピョンと屋根上に駆け上がっていった。

 屋根の上から家のベランダに入り込んで……ということはせず、裏手の軒下のきしたに触れると吸い込まれるように消えてしまった。


 ここは屋根裏に作られた通信室。

 何も無い空間にポツンと置かれたモニターの前で、一匹の猫がすっくと立ち上がり出した。


「洗脳報告開始!」


 猫が言葉を話すとモニターが起動する。

 大画面に映し出されたのは一面の毛と二つのキラキラした目、そしてチャーミングな口元。


「ご苦労。チャトラ種、二つ名チビ太の報告を確認する」

「管轄地の塀にて毛無し4体の籠絡ろうらくに成功しました! 本日のノルマ達成を報告します」

「衛生カメラにて確認を取れた」

「ありがとうございます。では、これにて」

「チビ太君」


 チビ太と呼ばれて急ブレーキしたせいか、大きなお腹がたぷたぷと上下に揺れる。


「本拠地の占拠はどうなのかね? ぜひ進捗を聞かせてくれたまえ」


 チビ太の口髭から一滴の水が滴り落ちる。


「そ、そそそれに関しては後日報告書ををを」

「進捗だけで構わんのだよ。進捗だけで」


 上司の瞳孔が開き、逃れ得ない状況だとわからせてくる。


「え、えーと。す……ん」

「ん?」

「すすんでま……ん」

「もっとはっきりと言いたまえ」


 意を決したチビ太が一つ一つゆっくりと声に出す。


「進んでいません」

「バカモーン!」

「ひゃぁぁぁあ。なかなか手強い相手でして」

「この映像を見てもそれが言えるか!?」




 大きく映し出された動画は、チビ太の家の中での行動だった。

 家主の足元にまとわりつきながら、「にゃんにゃか」と猫撫で声を垂れ流している。


「最近太っちゃったから、少しダイエットしないといけないのよ。めっ!」

「にゃぁぁあん! にゃぁぁぁん! ごろごろ」

「仕方ないわねぇ。チョロは少しだけだからね」


 家主の取り出した小さめの袋。その端を切りチビ太の口元へ持っていくと、鬼の形相でベロンベロンと舐め回す。

 食べ終わって至福の表情をしながら、家主の顔を見ると、コロンとひっくり返って両腕万歳のポーズをとる。


「もう可愛いんだから」




 ひたすら家主が満足するまで撫でられ続けるという映像が垂れ流されていた。


「これは何だね?」

「ここ、ここここれは相手を油断させる作戦です」

「馬鹿者! どうみても君が籠絡されてるではないか。犬に成り下がったのかね? 我らは誇り高き宇宙猫貴族であることを忘れてはならん!」

「はぃぃぃいいいい!」


 シャーと怒る上司猫に怯えるチビ太。しかし、本日のお叱りは比較的軽く、上司の機嫌もすぐにおさまる。


「今日はこのくらいで良いだろう。これからしっかりやってくれれば良い」

「え? はい。ではこれで」


 帰ろうとするチビ太に上司の声が聞こえてきた。


「チョロというのはそんなに美味いのかね?」

「は、はい」

「ふむ。毛無しどもの科学力を確認せねばなるまい」

「えっと、それはどういう」

「君に任務を加えよう。チョロを定期的に転送したまえ」

「あ……承知しました!」


 ぴゅーと走り去っていくチビ太を見届けた上司がひとりごちる。


「ふふふ。チョロ……顔がトロけるほどの味とはな。じゅるり」


 ハッと意識を取り戻した上司猫が肉球で何かを押すとモニターが消灯する。


 今日も地球は平和です。

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