2 羨望 嫉妬 困惑
健康診断を行うとして、ケイはとある部屋に案内された。そこには数人の職員と、様々な機器が配置されていた。
ケイはパーテーションの裏で検査着に着替えながら、その反対側に、ふと誰かの気配を感じた。
(俺以外にも、検査を受けてるやつがいるみたいだな)
ケイはその影に目をやり、眉根を寄せた。
(……なんか……でかくないか?)
「百六十三センチ……五十一キロだね」
身長と体重を測り、記録をする職員の声に、ケイはちょっぴり傷ついた。いや、正直なところを言えば、ものすごく傷ついていた。
実のところケイは――望んで得れるものなら、せめてあと十センチは身長が欲しい、と思っていた。体つきに関しても、理想は現実と正反対に、肩幅が広くて筋肉質であるといった、そんな体格に憧れていた。
それはケイがもっと小さかった頃、その華奢な外見を『女の子みたい』とからかわれていたのが原因かもしれない。
最近ではなくなったが、それでも数年前までは、同い年や年上の子――特にそういうことを言いがちなのは女子――に、よく可愛い可愛いと茶化されていたのだった。ちなみにそれがなくなったのは、我慢の限界を迎えたケイが怒鳴り散らしたからである。
あのときは本当にみっともなかった――恥ずかしさすら感じながら、ケイは何度目かの反省をした。
ケイはなぜか――自分では決して認めたくはないが、おそらくその可愛らしいとされる見た目から――大人しい風に見られがちだったが、実際はかなり感情の起伏が激しい性格だった。
その後、面と向かってからかわれるような事はなくなったが、やはりケイは今でも自分の体格を気にしているのだった。
(栄養面も生活習慣も気にして、筋トレもしてるのに。あと何が足らないんだ。…………遺伝子か? だとしたら最悪だ)
ケイがそんな風に思いながら、苦い顔をしたときだった。
「アキラ君、また背が伸びたねー。百八十九センチ、百十四キロ。……あ、今日誕生日じゃない。もう十六歳かー、おめでとう」
その声は決して大きくはなかったが、ケイの意識はそれをしっかりと捉えた。
考えるより先に体が動いていた。とっさにぐりんと
そして、その双眸と目が合ってしまった。
しかし、この際そんなことはどうでも良かった。ケイの目はすぐにその人物に釘付けになっていた。
アキラと呼ばれた少年は、話を聞く限り歳も誕生日も、ケイと全く一緒らしい。だが、その外見は全く異なっていた。
ずば抜けて長身の背丈、よく鍛えられた筋肉質の体。太く真っ直ぐな眉とその下の三白眼、引き結ばれた口元。全てが威圧的な雰囲気を放ち、一目見ただけで、彼の外見に多くの人が怖がったり怯えたりするのだろう、と想像された。
しかし、アキラのその目でまっすぐに視線を送られても、臆するどころか、むしろケイの方がずっと険のある表情をしていた。本人に自覚はなかったが、ケイは割合、思ったことがその端正な顔に出やすい
ケイがアキラに対して初めに抱いたのは、羨望と嫉妬のどちらもだった。
つまりケイはこの瞬間から、アキラに対して何かしらの因縁を感じざるを得なかったのだ。
健康診断と称された諸々の検査は、大体二時間ほどで終わった。
アキラは定期的に健診を受けているようで、今日のそれは簡易的なものだったらしく、三十分ほどで終わったようだった。
しかしアキラは、なぜかその後も部屋に留まっていた。
アキラがパーテーションの裏、おそらくベッドの上でのんびりと過ごしているらしい間、ケイは健診を受けながら、何となく嫌な予感を抱いていた。
そしてそれは――ケイにとっては残念なことに――的中した。
「アキラ君、終わったよー」
「おーう」
そのやり取りを耳にしたケイは、誰の目にも分かりやすくぎょっとした。そしてパーテーションの陰からぬうっと現れたアキラが、ケイに向かって満面の笑みを浮かべたのに、更にたじろいだ。
(なんで!?)
職員の言う「終わったよ」とは、正確に言えば「ケイ君の健診が終わったよ」だった。それはつまりこの場の全員が、アキラがケイを待っていると分かっていたということで、ケイの想像しうる最悪の事態を招いたということでもあった――どうしてこれが最悪かというのは、ケイが初めにアキラに抱いた印象からして、仲良くしたいなどと素直に思えるわけがなかったからである。
アキラは立ち上がると、ベッドの上で遊ばせていたその長い手足をぐうっと伸ばした。ケイは意味もなく、その動作にイラッとする――そう、意味はない。何となくだ。ケイは心の中で自分に強く言い訳をした。
「あーあ、暇だった」
アキラの声は極めて明るく、その物言いも何の気ない様子だった。
ベッドから下り、姿勢よく立ち上がったアキラと相対して、ケイは内心たじろいだ。
(で、でっか……)
身の丈だけでなく、腕の太さや体の厚み、その他色々なところにケイはそう思いつつ――全く何とも思っていない、と言うような顔を作った。
「俺、深山アキラ。えーと、ケイだっけ。よろしくな、ケイ」
(深山、アキラ……。さっきの眼鏡の人と同じ苗字だ。あの人の子供か? ……孤児院にこんな奴が居たら、絶対知っているはずだもんな)
「え、あ。…………よろしく」
ケイの返事が硬くぎこちないものになってしまったのは、アキラの容姿に対して抱いた感情の処理に、未だに戸惑っていたからだ。
不自然なケイの挨拶に、アキラが気を悪くした様子はなかった。それどころか、その目を細めて、人懐っこい感じで笑った。ケイはそれを意外に思った。
(……そういう感じなんだ)
「ケイ。お前、腹空いてねえ? 一緒に食堂行こー」
アキラのそれは一応提案の形式を踏んではいたが、彼の中では既に決定事項のようだった。言い終えるなり、出口に向かって歩き出す。
対してケイはそこに留まり、アキラの広い背を眺めていた。あまりに唐突な申し出に思考が停止していたのだ。
それほどまでに、アキラの距離の詰め方は、ケイには馴染みのない感じだった。それに、外見からは予想できないほど気さくなのも意外で、ケイはアキラを
思案顔で立ち尽くすケイを、アキラが肩越しに振り返る。
「早く行こうぜ。腹減った」
「え? ……ああ、うん」
ケイはアキラの催促に戸惑った顔をしたが、少し考えたのち、とりあえずついて行くことにした。ケイが歩き出すのを見るなり、アキラは目に見えて嬉しそうな顔をした。
(なんだか……どんどん、変なことになってきたな)
ケイは胸中で、そう呟いた。
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