第56話 駆ける稲妻

 ルルルンとキャリバーンの戦いが始まる少し前……


 マギリアの教会広場。


 広場では聖帝騎士団による魔女討伐の準備が進められてる、首都マギリアの教会に、第1から第4騎士団が集結し、忙しなく人が動いている。


 ピリピリとした空気が緊張感を高めていた。

 

 第1騎士団の隊長であるライネスは、決戦を前に神妙な面持ちで出発の時刻を待っていた。


「どうしたんにゃ?ライネス様」


 浮かない顔のライネスにミーリスが話しかける。


「どういう意味だミーリス?」

「なんか浮かない顔してにゃい?」

「そんなことはないぞ、私はいつも通り、ほら!いつも通りだ」


 ミーリスに言われて、ライネスは自分の顔に手をやり問題ないことをアピールする。


「だってだって、ライネス様念願の魔女討伐にゃのに、少しも殺気?やる気?が見えにゃいんだもの」

「殺気?」

「だってぇ、前なら『魔女は必ず殺す!絶対殺す!八つ裂きにしてやる!!』とか血眼になってたにゃ」

「……そうだな、って、いや、そこまでは言ってないぞ」


 確かにそうだ、以前ならこの状況は念願のはず、仇である憎き魔女を討伐する最高の機会、魔女に怯えるこの世界が、より良くなるための重大な任務……。

 なにも出来なかったあの時より強くなった、魔女の眷属に遅れを取る事も無い、今回の遠征できっと魔女討伐は成せるはず、それに今はルルルンから授かった魔法だってある……。


 盤石だ、不安などない、なのに……


 手のひらを見つめ、そこで思考が停止する。

 

「私は……」

「どうしたにゃ?手のひらじーっと見つめて」

「なんでもない、気にしすぎだ!」


 ライネスはミーリスの頭をコツンと叩くと、隊の陣頭指揮に回る。ミーリスはそのままライネスの後ろを歩きながら話続けている。


「ライネス様がおかしくなったのは、間違いなくルルルンが現れてからで、やっぱり恋の力はすごいってことなのかにゃ?」

「バ、バカを言うな!!そんなよこしまな感情で人は変わったりしない!!」

「でも、でも」


 変わったりしない、口ではそう言うものの、ライネスが一番自分の変化を感じている。

 分かっている、確かに自分は変わった、ルルルンと出会って自分の全てが変わったと言ってもいい。ライネスはこの短期間で変わってしまった自分の事を冷静に受け止める事が出来ていなかった。

 魔法に対しての向き合い方、自分自身の力の底、そして「魔女」という存在への思い、ヨコイケイスケに対しての感情。


「変わったり、しないか……」


 ルルルンの顔が浮かぶ、一瞬見えたこの世界に来る前の、偉大な魔法使いだった頃のヨコイケイスケの顔、この世界の常識は全てが正しい訳ではない、それを教えてくれたのはルルルンで、ライネスは今もこの状況でルルルンの言葉ばかり思い返してる。


『俺みたいに事情があるかもしれない』


 もし、ここにルルルンがいれば間違いなくこの討伐計画を止めにくるだろう、もしくは、先回りして自分で解決に向かう……どちらにせよ、今回の作戦をルルルンは知らない、何度も言いかけたが、我慢した。この心配は杞憂、分かってはいるが、どうにもひっかかる。


「恋するのはいいけど、うかうかしてると、食堂のシアちゃんに泥棒ネコされるかもしれにゃいよ」

「進軍前にうるさいぞミーリス!」

「だってちょっと前だってルルルン、シアが欲しいとか言ってたにゃ」

「なんだそれは!?」

「二人とも真剣な眼差しで手を取り合って、あれはミーリスが止めてなきゃ、やっちゃってたにゃ、確実に」


 ミーリスの一言一言がライネスの心を乱す。


「だいたいこんな大事の前に、のんびり食堂に行くお前がどうかしてるぞ!副隊長の自覚をちゃんとも持て!自覚が薄いから口も滑る!分かっているのか?」

「あれ?もしかしてライネス様、知って?」

「今回の事、ケ、ルルルンに話したんだろ?」


 ミーリスはゆーーーっくり目を逸らした。


「ミーリスの口は鋼鉄、そう、鋼鉄の口です」

「ミーリス!!!」

「ごめん、ごめん、だってぇめちゃしつこくライネス様のこと聞いてくるから……つい」

「はぁ、責めはしないがおかげで考える事が増えたんだぞ……」


『止めないけど、俺は俺で勝手に動くから』


 ルルルンの言葉が脳裏に浮かぶ、あいつの事だ、絶対に行動しているはず。ライネスは予想の付かない魔法少女の行動の事を考えるだけで溜息が出る。


「そんな溜息つかにゃいでぇ」

「何事もなければそれでいい、何事も」


 そう願った刹那だった。


「痛っ!!!!」


 ライネスの手の甲、刻印がバッチっと弾け熱を持つ。 


「なんだ?」


 刻印から、強い魔力を感じる、ルルルンに刻印を貰ってから一度もこんな事はなかった、強いルルルンの魔力、それが刻印を通してライネスに伝わっていた。


「ケイスケ?」


 どんどん強くなる刻印の魔力、何が起こっている??

 ライネスの不安は目に見える形で的中する。


「おい!なんだあれ?」


 兵士たちが北の空を指差し騒ぎ出す。


「魔法陣?」


 それは巨大な魔法陣、欲の魔女の領地の上空、何かが起こっている。

 刻印の反応とそれは無関係とは思えない。


「ライネス様!魔女の領域です!」


 カインが慌ててライネスに報告する。


「分かっている……」

「なんですかあれは?」


 何かが起こっている、ライネスは胸を押さえ必死に不安を抑え込む。


「ライネス様!!??」


 どうする?どう考えてもこの刻印の反応は無関係とは思えない、しかし、あの魔法陣とルルルンが関係しているという確証もない、どちらにしても、不確実な状況、自分はどうするべきか?幾つもの迷いの中ライネスは決断する。


「ミーリス、カインあとは任せた!!私は先に行く!!!」

「先に行くって?ライネス様!!!!?」


 ミーリスとカインに隊を任せ、ライネスは全力で駆け出した。


「早ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

「ライネス様!!!!???」

 

 あっとゆう間に街の外まで飛び出し、ライネスは更に速度を上げる。

 しかし、いくらライネスが人間離れした脚力を持っていたとしても、普通に馬を使って移動しても半日はかかる、普通に考えれば簡単にたどり着けるはずもない距離。しかし、少しでも早く、少しでも、少しでも!という、その思いが、胸騒ぎが、ライネスを更に加速させる。


 魔法刻印を見つめ、ライネスは「スゥ」と、一息分酸素を吸い、ルルルンから授かった魔法を詠唱する。


【ラザリオン!!】


 ライネスの肉体から稲妻が迸る、その力全てを大地を踏む足へ乗せる。

 爆破するように地面がえぐれ、ライネスの速さは音速に達する。

 ケイスケの元へ一刻も早く向かうため、ライネスは限界を超える力を引き出していた。


「ケイスケ!!!!!」

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