第16話 塔の魔女

 東の大地、魔女領内。強力な認識阻害の結界内に大きな塔が聳え立つ。

 塔は聖帝騎士団の力を持ってしても発見する事は出来ず、堂々とこの世界に邪悪を生み続けている。


 【塔の魔女】

 

 厄災を招くとされる四人の魔女の一人。その魔女の住む拠点と呼べる場所がこの塔である。この世界における魔獣と眷属をと呼ばれる混乱を生み続ける、諸悪の根源とも呼べるこの場所は、誰にも見つかることなく、居を構える。塔の魔女の魔法で生み出される眷属や魔獣たちの目的は『場を乱す』魔女は平穏を望まない、常に混沌を好み、喜楽をなによりも求めている。


 そんな魔女の居城である塔の最上階、その一室に、山のようなぬいぐるみに身体をうずめて、だらだらしている少女がいた。


「つまらーん、つまらーん、つまらーんよー!」


 外見から推測するに、おそらく10歳くらいの少女は、じたばたとぬいぐるみの山の上で「つまらない」と連呼する。


「戦争とか起きんかなぁ、いっそのこと火の魔女に喧嘩でも売ろうかなぁ、気分転換に世界征服したろかなぁ、最近は魔獣を生み出してもすぐ倒されて全然混乱起きんし、やっぱり聖帝騎士団つぶそかなぁ……あーあーあー、つまらん」


 その一言一言は物騒極まっているが、どれも空虚で今一つ心がこもっていなかった。


「魔女様」


 ぬいぐるみの山に埋もれている少女は、魔女様と呼ばれピクリと反応する。


「なんやの?」


 広い魔女の部屋の中央、フードを深くかぶった女が少女に跪き、頭を下げ、報告を始める。


 そう、信じられないが、この少女こそ、この世界の四人の魔女が一人【塔の魔女】である。


「今最高に気分良くないから、おもんない事やったらウチ『怒るよ』」


 言葉の字面は冗談めいているが、表情は笑っていなかった。


「眷属が所持しておりました魔人機が一体、消滅しました」

「消滅……?」


 ピクリと表情が動く。興味を持ったのか、魔女は身体を起こし、フードを被った従者の方を向く。


「ほほう、面白い事やね、また聖帝騎士団?あいつらまあまあ面白いでな、そろそろ全面戦争とかやっちゃう?やっちゃう?」

「いえ」

「いえ?」

「今回魔人機を消滅させたのは聖帝騎士団ではありません」

「……根拠は?」

「今まで聖帝騎士団に破壊された魔人機はあくまでも「破壊」されていました。今回は「消滅」です、おそらく聖帝騎士団ではないかと」

「存在を消滅させられたって事?」

「はい」


 魔女の表情が変わる。ぬいぐるみの山から飛び降り、フードの女の顔を覗き込むようにしてニヤニヤしながら口を開く。


「なんやそれぇ、あいつらの他に魔女(うち)に逆らうおバカちゃんがおるってことなん?」

「わかりません、しかし、得体の知れない状況……調べる必要はあるかと」

「ふーん、ええやん、興味深いやんね」


 嬉々として明るい表情を浮かべる魔女だったが、話の最中、割って入るように数名の男たちが魔女の部屋へ走り込んでくる。

 魔女はあからさまに不機嫌な表情を浮かべ、男達をじとーっとした目で見る。


「なんなんお前ら?」

「魔女様、許可を得ずいきなり来た事、お許しください、どうしてもお伝えしたい事があり」

「眷族の分際で!!許可なく魔女様の部屋へ入るとは、不敬であろう!!」


 男の話を遮るようにフードの従者が強い語気で話し出す。


「しかし、どうしても魔女様にお伝えをぉ」


 そう言うとフードの従者は両手を刃物へ変化させ、眷族の男たちへ警告を越えた意志を見せる。


「不敬だと言っているのが分からんのか?」


 フードの従者の言葉と迫力に眷族と呼ばれた男たちは、怯えた声をあげ逃げ出そうとするが。


「フェイツちゃん!ええよ、その子らなんか訳があるんやろ?」


  魔女に止められたフードの従者フェイツは、両手を刃物から通常の手に戻し、眷族たちに理由を問いただす。


「許可のない謁見です、よほどの理由でなければ死罪ですよ?それを理解して話なさい」

「は、は、はいぃ、魔女様から頂いた、魔人機を、は、破壊されてしまい……その、お許しを頂きたく」


 その言葉に魔女とフェイツの顔色が変わる。


「もしかして、君らが例の魔人機壊された眷族?」

「例の?いや、その、はい、その通りです」

「詳しく聞かせてよ、すっごい興味あるで」


 魔女に頭を垂れているのは、ルルルンにコテンパンにされた魔女の眷族を名乗っていた魔法使い。


「その、魔女様から頂いた魔人機は、突然消滅してしまいまして」

「いや、だからそれを詳しく話してよ、誰が、どうやって消滅させたん?」


 ニコニコとした表情をしているが、質問の内容に思ったように答えない眷族に少しイラついた語気で魔女はもう一度質問をする。


「女、女でした、若い、可愛い女」

「女?聖帝騎士団の誰かですか?」


 フェイツが横やりを入れるが、魔女がそれを止め、眷族に話を続けさせる。


「聖帝騎士団もいました、でも、違う、ヒラヒラした服を着た青髪の魔法を使う女です」

「魔法??」

「なんやそれ」


 魔女は不気味な笑みを浮かべて眷族の話を聞く。


「そいつは最初、聖帝騎士団と揉めてたみたいですけど、見た事のない魔法を使って、気がついたら魔人機は消滅して、申し訳ありませんでした」


 地面に額を付け謝罪する眷族の男に、魔女は優しく語り掛ける。


「魔法使ってたんなら、そいつ魔女なん?」

「それは、私には分からな……」


 話しかけていた眷族の顔面を魔女は小さな手で鷲掴みにする。


「あ、が……ば……」

「魔法を使う女って事は魔女なんやろ?うちら以外の魔女が存在隠さず呑気に魔法をぶっぱなしとるんやろ?それは大変やんな、4人の魔女以外に魔女がおるなんてなったら魔女の均衡が保てへんやんね、すっごい、えらいことやんね」


 顔面を握る掌に力が入る、眷族の男はその力の強さに、離してと言葉にならない懇願で魔女の手を解こうと必死になっている。


「面白いで、お前にチャンスあげるわ」

「はがッ……あがッ!」


 そう言うと、魔女は眷族の口を無理やり開く。


「ガッ、は、やめ、が」

「お前にうちの血をあげる、それでその女ともう一度戦ってきて、勝っても負けてもどうでもええから、ね?」


 魔女は自分の人差し指を、噛み、血を流す、一滴、一滴と滴る血は妖艶で強い力を放っている。人差し指から滴る血が、眷族の舌に零れ落ちる。


「ああああああああああああああ」


 魔法における血の持つ意味は大きい、それを与えられた眷族はより主人に近い存在となり、魔術的力を増大させる。

 血を飲みこんだ眷族の身体が赤く光る、一緒に来ていた取巻きは、事の異常さに怯え、逃げ出していた。

 赤い光は収束し、眷族はゆっくりと無言で立ち上がる。その風体はルルルンに敗北した雑魚魔法使いではなくなっていた。


「じゃあ、頑張って行ってらっしゃい、あ、そうそう」


 魔女はぬいぐるみの中から、黒い人形を取り出すと眷族に手渡す。


「これ、新しい魔人機ね、前のより結構強くなってると思うで、それ使ってリベンジしてきな」


 その人形を無言で受け取った眷族は、踵を返し魔女の部屋から退出する。


「フェイツちゃんさ、確認してきてよ、どうせ負けるとは思うけどさ、その女の事」

「私は観測だけでよろしいのですか?」

「ええよ、よく見てきてよ。んで面白そうなら、教えて……うちが直接いくでさ、うん、そうしよか」

「分かりました」


 軽く頭を下げたフェイツは、転移魔法でその場から消える。


「ええやん、ええやん、誰か知らんけど、うちの遊びの邪魔するなら覚悟しとかなあかんよ、うふーふ」


 一人残った魔女は楽しそうに笑い出す、新しいおもちゃをみつけた子供のように。

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