第15話 始まりの一歩
「気まずい。話が切り出しにくい。」とルルルンは思った。
ライネスの様子を伺うが、動揺しているようには見えない。いつもと変わらない凛とした佇まい……のように見える。ルルルンは自分から話しかけてもいいのか、判断を迷っていた。
平常心を保っているようにみえる、が、しかし、ライネスの思考回路は完全に口づけを交わした事に支配されていた。
『どどどどどど、どんな顔をすればいいか解らん、いや、ケイスケの姿は女なのだからこんなに動揺する事は無い、無いんだが、なんだこれは、どうしてこんなにも心がざわつくのだ!!!!』
ライネスの頭から湯気が立つ、表情はまったく崩れていないが、思考はフル回転している。
そんな雰囲気の中、ルルルンが今後の話を始める。
「ライネス、あの、これからの話なんだけど」
「な、なんだ?これから?ああ?これからか、これからな、そうだな、あそこまでしてしまったんだ、ちゃんと話さないといかんな、うん、その、まあなんだ、私はその、責任があるしな、私の判断で、その、あれだからな」
少しも言葉がまとまっていないライネスだった。
あれはカイン達を納得させるための嘘。嘘だと分かっているが、勢いでキスをしたことにライネスは未だ平静を保てていない。
「迷惑かもしれないけど、しばらくは恋人同士って設定でいこう」
「恋人!!!!お前、それはいくらなんでも早計だろ……」
「落ち着いてライネス、設定だってば」
「え?設定、そうか、そうだなそういう、なるほど……設定だな、それはそうだ」
「ライネスがあそこまでしてくれなきゃ、嘘を突き通せなかったから、助かったよ」
「そうだな、嘘を通すためだ、まったく、迷惑な話だ、迷惑な話だったな」
「なんか怒ってる?」
「いや、怒ってないが?」
実際怒っているわけではないが、ライネスは得体の知れない感情に心をかき乱される。その表情は怒っているようにしか見えなかった。
「とりあえず、お前の処遇については私が預かる、魔法を使える女というだけでこの世界ではパニックが起こる」
存在自体がイレギュラーなルルルンを、このまま放置するわけにもいかない、事実ライネスとの激闘を目撃した人は、何人もいるのだから。
どうしたものかと、思いを巡らせるライネスにルルルンが提案する。
「今回の一件については、俺に任せてくれないか?」
「何かいい方法があるのか?」
「とりあえず、俺とライネスの戦いを見ていた街の人には、あの戦いで戦っていたのは俺とライネスじゃないって認識を広めておく」
「どういう事だ?そんなウソすぐにバレてしまうだろ?」
口伝での噂を広めたところで、そんなものの効果はたかが知れている。ライネスはルルルンの提案に疑問を投げる。
「口伝いじゃなくて、魔法でそれをする」
「魔法で?」
「街の人に認識阻害の魔法をかけようと思う」
「認識阻害?」
「今日見た事実を別の事実にすり替える魔法って言えば理解できるかな?」
認識阻害の魔法は一種の幻惑魔法である、ルルルンの姿を見た人間の認識を「青髪の少女」ではなく「緑髪のモヒカンおじさん」に変換する、これを使い今回の一件を煙に巻こうというわけだ。
「記憶を操作するというのか?」
「そんな物騒なものじゃないよ、記憶はなくならない、情報を幻惑魔法で騙して違う情報に上書きするんだ」
「よくわからんが、聞いただけだと随分と邪なものに感じるが?」
説明を聞いてもライネスは素直に理解できず、その魔法をかけられた人に対してなにか害を及ぼすのではと心配する。
「かけられた人に悪影響とかはないから大丈夫」
「ほんとうか?」
「ほんとに大丈夫だって」
ルルルンは疑うライネスをなだめる様に説得する。
「それならいいが……!!??もしかして、ケイスケ、すでに私にその魔法をかけて私を説得したのか?」
「そんなことするわけないだろ、そんなことしなくても、ライネスはちゃんと話を聞いてくれるんだから、必要ないよ」
「そ、そうか」
ルルルンが当たり前のようにライネスへの信頼を示すと、ライネスは素直にその言葉信じて引き下がる。
「とにかく、そこらへんは俺がなんとかするから大丈夫って話」
「……」
「どうかした?やっぱり得体のしれない魔法は信用できない?」
「違う」
ライネスはルルルンに深々と頭を下げる。
「なに?どうしたの?」
「改めて、聖帝騎士団第一位として聖帝騎士団の非礼を謝罪する、申し訳なかった」
ルルルンを魔女と決めつけ襲い掛かったライネスを含め、横暴な態度のカインや騎士団員たち、聖帝騎士団にあるまじき非礼をライネスが謝罪する。
「大丈夫大丈夫、こうゆうの慣れてるから」
会社を立ち上げて、がむしゃらに飛び込み営業してた頃、よくこんな感じの対応されてたなぁ、と昔の事を思いだす。いきなり怒鳴られたり、馬鹿にされたり、本当に散々だった。
「無礼を許してくれ、私はともかく、カインは真っすぐな奴なんだ」
「すごく分かる」
聖帝騎士団の事もうっすらとだが、理解できた。
自分の思っているよりも存在規模は大きく、ライネスはその中でも特別な存在である事、目的は魔女の脅威から世界を守る、そして、かなり常識から逸脱したレベルの治外法権を認められた警察のような存在。
「関わるのはめんどくさいな……」
「何のことだ?」
「いや、ほら、関わるならライネスだけでいいって話」
「な、なにを言う!!」
ライネスは照れながら謎に警戒の構えをする。
ライネスのこういうところを、ルルルンは気に入っていた。裏表のない、まっすぐな人間、前の世界ではあまり会う事の無かったタイプ。
出会いは最悪だったかもしれないが、出会ったのがライネスで本当に良かったとルルルンは、心の底から思っていた。
「ケイスケはこれからどうするつもりなのだ?」
「これからか?」
「聖帝騎士団に保護されるなんて、お前は望まないだろ?」
「まあね」
これからの事、この世界で生きるなら、当然真面目に考えないといけない重要な課題。
「そうだな……」
呟くと自分の姿を改めて確かめる、ルルルンになった自分と魔法の使える世界、魔女の存在、機動魔導戦士、ライネスとの出会い、再び与えられた命と、ヨコイケイスケの夢。
夢想する、この世界で生を与えられた意味を。
「ケイスケ?」
少しだけ間をおいて、ルルルンは固まった自分の思いを口にする。
「会社を作る」
それは、かつて成しえなかった夢への挑戦。
「会社??」
「そうだな……起業して、魔法を人の為に活かす、それを導くような会社を作る、それが当面の目標かな」
それがこの世界に来た意味、この世界にも当然存在する、魔法による差別や迫害、支配、戦争、そういう負ではない魔法の側面を世界の為に活かす。
ヨコイケイスケには成し遂げられなかった夢の実現、そのためのもう一度会社を立ち上げる。
「そうか」
ライネスは、あまりにも突拍子もないルルルンの夢を頷き、真剣な表情で聞き届けた。
「笑わないの?」
「それは……ケイスケの夢なんだろ?」
「うん」
「人の夢を何故笑う事ができる」
「……ありがと」
ついさっきまで殺そうと剣を向けていた相手なのに、なぜかライネスは、ルルルンをヨコイケイスケを、信じてもいい人間だと思い始めていた。
ライネスの人生において、初めて感じる理にかなわない選択であったが、その選択に後悔や迷いはなかった。
「ところでケイスケ」
「なに?」
「会社とはなんだ?」
選択とは関係なく、肝心の所は理解できていないライネスであった。
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