第10話 真実の空
ライネスの世界では超界までしか存在しない魔法を、ルルルンはさも当たり前のように神界まで行使できると言う。
神界という存在そのもが有りえない世界で、それがどれだけ信じがたい言葉なのか、ルルルンとライネスの魔法への見解は完全に食い違っていた。
しかし、魔法を無効化する加護が効かなかったのは事実、信じたくないが信じられる要素も多く、ライネスの気持ちは揺れ動いていた。
「君に使った時間魔法と、魔導機動……じゃなくて魔人機だっけ?を、倒した分解魔法は絶界の魔法、現に君の超界までの魔法を無効化する加護が効かなかっただろ」
「それは」
「そうだな……実践して見せるのが一番早いと思うけど……」
「実践?」
実践という言葉にライネスは何を言っているという態度で警戒する。
「この世界で転移魔法は存在する?」
「転移?なんだそれは?」
「だったら話が早い」
「だからなんだそれは?まてまてまて、嫌な予感がするぞ」
ルルルンはそう言うと指を鳴らし、魔法を無詠唱で発動する。
「転移(ルーブ)」
それは一瞬の出来事、指を鳴らすパチンという音と共に、ルルルンとライネスは食堂から雲の上の上空へ瞬間転移した。
「え?な?」
「これが転移魔法、一瞬で指定した場所に転移できる俺のオリジナル絶界魔法」
「ちょっと、え?何?なんで?えええええ!!!!」
突然空に放り出され慌てるライネスを、ルルルンは優しく抱きかかえる。ライネスも藁をもつかむ思いで、ルルルンの首に手を回し、必死にしがみつく。
「なんなんだ!これはぁ!!」
「あはは、痛い痛い!首痛い!!」
二人のやり取りとは裏腹に、雲の上に輝く陽の光が青い髪の少女と、金色の髪の騎士を照らし、神秘的な瞬間を演出する。
ルルルンは浮遊魔法を唱え、空中でライネスを抱えたまま空に浮かぶ。
「驚かせてごめん、実際に見せた方が信じてもらえるかと思って」
「驚くに決まってるだろ!!馬鹿かお前は!!!馬鹿かぁお前はぁぁ!」
「俺直観を信じるタイプだから、君ならこうした方が、信じてもらえるかなって」
「だからっていきなりやるな!私は!高いところは苦手なんだぁぁぁ!!」
目に大粒の涙を浮かべたライネスをみてルルルンは思わず笑ってしまう。
「っぷ……何、君そんな顔するんだ、ははは!」
威厳のあった騎士様のあまりの狼狽っぷり。
最強の騎士などという肩書は崩壊し、そこには表情がコロコロ変わる一人の女性がいた。
「わ、笑うな!切るぞ!!!」
「あははは、ごめん、ごめん」
ルルルンの笑い顔を間近で見たライネスは、目を疑った。
「お前……」
そこには、青く長い髪を靡かせるルルルンではなく、物憂げな表情の男性がいた。
「どうした?」
一度瞬きをすると、その姿は元の魔法少女に戻ってしまう。幻覚か高所の恐怖でどうにかしてしまったのか?ライネスは目を擦り改めてルルルンの顔を凝視する。
「そんなに見つめられると照れるんだけど」
「いや、すまない……」
確かに見えたその姿、幻だったのかもしれない、だがライネスは、それを気のせいでは無いと感じていた。
「お前の名は?」
「え?だからルルルン」
「違う!本当の名前だ、前の世界での、お前の、本当の名前だ。」
「・・・・」
「ここまで見せられたんだ、私はお前の言葉を信じる、お前は……」
ライネスは言葉を詰まらせる、それは自分の信念に反する答えかもしれないからだ。
だが、目の前にいるのは魔女ではなく、魔法少女、悪意はなく、ライネスから見えるルルルンの存在はまさに正義であった。
「……魔女じゃない」
それを認める事がどれだけ重大な事か、知らないルルルンはライネスのその言葉に一喜する。
「だから教えろ!お前の名前を!」
ルルルンは目を閉じて、もはや名乗ることはないかと思っていた自分の名前を口にする。
「ヨコイケイスケ」
「ヨコイケイスケ……」
瞳を開き、ライネスをまっすぐに見つめもう一度。
「ヨコイケイスケ、それが本当の名前だ」
彼女に本当の名を告げた。
「……お前は魔女ではないのだな」
「初めからそう言ってるだろ?俺、こう見えて中身は30過ぎたおっさんだよ」
「な!?30?」
「そうだよ、35のおっさん、あ、でも前の世界では有望な若手社長ってもてはやされて……絶対信じてないでしょ!」
「……そんなに年上なのか!?」
「そうだよ!なんかごめんね!」
「そんな美しいのにおっさんなのか……」
思わず笑いがこみ上げてくる、ライネスも心のモヤが晴れたのか、険しいかった表情は少しだけ緩み、笑顔がこぼれる。
「その
「なんのことだ?」
「いや別に」
ルルルンは心の底から喜びを感じていた、あれだけ激しい戦いをしたにも関わらず、対話で争いが解決した事、あれだけ自分を殺すと息巻いていたライネスに信じてもらえた事、だからなのかもしれない……誤解で殺された現世での憂いが少しだけ晴れたような、そんな気がした。
晴れやかなルルルンを見てライネスが言葉をかける。
「それと」
「それと?」
そう言うと、ライネスはルルルンから目線をそらす。
「……私もライネスでいい」
「じゃあライネス」
「……」
「照れてるの?」
「照れてない!!」
「俺のこともケイスケでいいよ」
「ケイスケ……」
「やっぱりその名前のほうがしっくりくるな」
「当たり前だ、自分の大切な名前だろ」
「そうだな」
「見た目は美しい女なのに、心は男とは本当に不思議な奴だ」
そう言われルルルンは改めて自分が男ではなく女の容姿であることを認識する、そして考える。この世界にこの姿で生まれ変わった意味はなんなのか……を。
「どうかしたのか?」
「……あのさ、俺の素性は内緒で頼めるかな?」
「本当は男だという事をか?」
それならば心配ないだろうと、ライネスは不思議に思うが、ルルルンは首を横に振る。
「それもだけど、俺が魔法を使える事を、できれば誰にも言わないでほしい」
「なぜだ?ケイスケの力があれば、この世界を大きく変えることが出来るんだぞ」
「そう思うよ」
「だったら」
大きな力が何を生むのか、ルルルンは理解していた。ライネスにはおよそ理解できない、大きな力の生み出す最悪の結末を。それはこの世界でもきっと変わらない、だったら自分はどうするべきなのか。
「多分俺はこの世界の異物だ、本来なら存在してはならないイレギュラー、おそらく俺っていう大きな力の存在が公になればこの世界の理が壊れる……そんな気がする、それはきっとこの世界には良くない事なんだよ」
「だったらなぜ私に正体を明かした?よりによって聖帝騎士団第一位の私に!」
ライネスの言うことはもっともだ、正体を隠したいのであれば何故あえて話す必要があるのか?矛盾ではないか?とライネスが困惑し説明を求めると、ルルルンは一言。
「勘!」
「は?」
勘、の一言でそれを済ませた。
「ライネスは約束を守ってくれる、俺がそう思った」
「なんだそれは……」
「違うの?違うなら手を放すけど」
「ばか!そんなの汚いぞ!!」
冗談を言いつつも、ライネスは信用に値する人物だと、ルルルンは確信していた。
「ライネスは約束を守ってくれるよ」
「いや、それは……」
困惑、ひたすらに戸惑うライネスは、あまりにも裏表のないルルルンの言葉に、しどろもどろに返答できず、ただ、ワタワタしている。出会った時の殺気立った威厳は見る影もない。
「ライネスは今まで戦った誰よりも強かった、心の強さ、信じる力、なにより真っすぐだったから、ちゃんと話せば信じてくれるって思った」
「か、買いかぶりすぎだ……」
「俺はもう、大きな力で『世界』を変えるなんて嫌なんだ」
「ケイスケ」
「前の世界では、そのせいで本当に多くの人達を傷つけたり、苦しめたりした、それが原因で死んじゃったしね」
「それは、お前のせいではないだろ!お前は……悪くない」
まただ、また少女に重なって、悲し気な表情をする男性が見える、それはきっと生きていた頃のヨコイケイスケ、あっけらかんとした態度からはかけ離れた曇った表情……ライネスはその
「大きな力で変えるのは、自分と自分の手の届く範囲だけでいい」
ルルルンの力を認めるからこそ、ライネスはその言葉に心が揺り動かされる、目の前の力にしか目を向けていなかった自分には、絶対に辿り着けない『力の真理』
自分の力は世界を変える力だと信じていた。
「だから、世界を変えるのは誰かに任せちゃえばいいんだよ」
「誰かに?」
だが自分より大きな力を持つ人間は、強大な力の先の絶望を理解した上で、自分とその周りだけ変えられれば良いと言う。誰かに任せればいいと無責任な事を言う。
「ライネスだったら、その力を魔女討伐に使えって話になるんだろうけど」
「そんなことは言わん!ケイスケの力はケイスケの物だ、それの使い道はケイスケが選ぶことだろ」
「そうだけど」
「私は、私の力で魔女を倒す、それが私の誓いなんだ!」
「ライネス……」
「だからケイスケは私に任せればいい、お前が言いたい事は、つまりそういう事なんだろ?」
「そうだね」
空に上がってどれだけ経っただろうか、真実を語りあった2人の空気は、出会って間もないにもかかわらず何年も一緒に戦った戦友のようだった。
いつまでもこの時間が続けばいい……。
「ところで、ケイスケ」
「なに?」
「いい加減元の場所に戻してくれ、怖いんだ……」
「あ、ごめん」
そんなことは無かった。
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