3-4. リコール

「なぁ、手紙が来たんだよ」

 ある夜。俺は一也にチャットをした。ふたつ続けてメッセージを送る。

「リスキーゲームの作者からの手紙なんだ」

「手紙?」一也の返事。

「ちょっと送るわ」

 と、画像データを送った。書面だ。


〈リスキーゲームプレイヤー様。当方はリスキーゲームの開発者です。この度、当方の認識の外でリスキーゲームが漏洩し、消費者の手に渡るという事態が発生しております。既に漏洩者の特定には至っており、ゲームの回収段階に入っております。つきましては現在遊んでいるリスキーゲームを以下住所まで送ってください。指定の日時までにご返送いただけない場合、発生した諸費用について請求する場合がございます〉


「どう思う? 俺は返せるなら返した方がいいんじゃないかって思うんだが?」

 と、俺のメッセージに一也は秒で返してくる。

「マジで? 返さねぇよ。このゲーム凄いんだよ」

 分かる。リスキーゲームの中毒性は恐ろしい。

 だから、この後の一也の言葉も、ある程度想像できていた。

「なぁ、お前んちに手紙が来たってことはさ、俺んちにリスキーゲームがあるって分かってないんだろ? 無視できねぇかなぁ?」

「できねぇだろ」

「適当な箱送るとかさ。少し時間稼ぐだけでいいから」

「やめた方がいいと思うぜ」

 俺は一応、注意しておく……そうするように言われている。

「大丈夫だって。もう少しでクリアできそうだし。ゲーム終わったら返せばいいでしょ」

 この返事も想定の範囲内。俺は返す。

「嫌な予感がするぜ」

「大丈夫さ」

 一也は俺の不安をものともしない。

「これ楽しいんだ。とにかく楽しい……」



 ところが。

「なぁ、やばいって」

 ある日の夜、一也が連絡を寄越してきた。

「お前この間のリスキーゲーム開発者とやらに何かしたのか?」

「もう俺の手元にないことを話した」

 俺は台本通り応じる。

「『tique』っていう物販サービスの特性を加味してくれたらしく、この間『第三者に渡しませんでしたか?』みたいな電話があったんだよ。で、結構きつい口調でさ。思わず……」

「ゲロったのかよ」

 舌打ちする一也。

「俺のところに手紙が来たよ。返還しろって」

 俺の住所まで教えやがったのか? そう訊いてくる一也に俺は申し訳なさそうに(そう聞こえるであろう調子で)返した。

「だって教えないと俺がやばそうだったから……」

「どうすんだよ。手紙に『訴訟起こす』って書いてあるぞ」

 キレ気味の一也。まぁ、これも想定内。

「俺のところにもそんな通知が来たよ……」

 そう、告げてから、誘導する。

「それでさ、知り合いにこういうのの相談に乗ってくれる人がいて……」



「初めまして。西山法律事務所の代表をしております。西山尊人です」

 ある日の、都内。ちょっとおしゃれなカフェの片隅。

 俺は西山さんと名乗る男性を連れて一也と会っていた。俺の正面に一也。俺の隣には西山さん。

「えっと、相談に乗ってもらえるってのは、その……」

 こういう場に慣れないのだろう。たじろぎながら一也が口を開く。するとそれを迎えるように西山さんが微笑む。

「リコール問題に関してですね。企業側と言いますか、生産者側が商品のリコールをかけている状況ですが、それには応じたくないという……」

「そ、そうです。そういう感じです」

 西山さんはにっこり笑う。

「当事務所でも似たような案件について扱った事例があります。安心してお任せいただければ」


「で、でも、その、お金とか……」

 と、不安そうに一也。しかし西山さんが俺の方を見る。

「確かに、通常でしたら相談料として一時間で一万円程度いただきますが、今回はご紹介いただいての案件ですし、相談料については特別に……」

 ぱっと、一也の顔が華やぐ。追い打ちをかけるように、西山さん。

「別途諸費用がかかるかとは思いますが、金額については応相談で。ですがお支払いできる範囲でいただければと思いますので」

「そ、そういうことでしたら、ぜひ!」

 一也の反応に、にこり、と西山さんが笑顔を浮かべる。

 西山さん。西山尊人さん。またの名を……ウーさん。



「あの弁護士さんすごいな! ゲーム制作者とのやりとり全部代わってやってくれてるよ!」

 ある夜の一也。電話口で。嬉しそうに。


「……お前、何か最近悪いこと起きてないか?」

「悪いこと? ああ、ちょっと前まで足挫いたり何なりしてたけど、このところ特に……強いて言うなら、何やかんや弁護士費用がかかっていることくらいかな」

 ふと、脳裏に言葉がよぎった。「金欠だって災難の内だ」。


「まぁ、でもさ! あのまま制作者の言う通りにやってたらもっと金とられてたかもだし、それを思えば西山さんの弁護費用なんて安いもんだぜ」

 一也のその言葉に俺は乾いた笑みを浮かべる。電話でのやりとりだったから、こちらの表情が伝わることはない。

「無理するなよ。何だかんだああいうのって金かかるからな」

「ってかお前もこの件関与してるんだから金払えよ」

「俺はもう払ってるし弁護士も紹介したろ」

 俺は時計を見る。夜一時。まともな生活をしていたらそろそろ寝てないとおかしい。なのに一也のこの興奮ぶり。またリスキーゲームで遊んでいたか、もしくは訴訟問題に発展しているという事態が彼を眠らせないのか。


 どちらにしても、睡眠時間が削られればそれは「不幸」の内だし判断力も鈍る。判断力が鈍ればこちらの手にも乗せやすい。

「また連絡くれよ」

 俺は電話を切る。次の手はもう決まっている。



「リコールに応じないとクレジットカードの使用が止められる? そんな馬鹿な話あります?」

 ある日の都内。例によってお洒落なカフェ。目の前には一也。俺の右隣には西山を名乗るウーさん。そして俺の左隣には……。


「そもそも、リコールというのは、お客様の安全を考えるのと同時に、粗悪品を通じて社会全体に迷惑がかからないようにするという意味があります」

 ウーさんが丁寧に説明する。

「例えば車のエアバッグ。これに問題が見つかってリコールがかかるという事例がありました。車の事故は社会的にも大きな損失に繋がる恐れがあります。そこでこのリコールに応じなかった車は車検に通らないようにするという制度が作られるようになりました。今回もその流れかと思います」

「だからって何でクレジットカードの使用を……」

「一也。お前のカードじゃない」

 俺は重たい口調で(そう聞こえるであろう口調で)告げた。

「俺のカードが止められるんだ。『tique』でカードを使って支払ったのは俺だ」

「いや、だってそれがおかしいじゃんか。売った側がどうやってカードの情報なんか……」

「『tique』の運営に問い合わせました」

 俺の左隣にいたスーツ姿の男性が告げる。

「こちらの方が使用していたカード会社と『tique』の運営に、不正な利用、及び不正な商品授受について問い合わせました。カード会社、『tique』運営会社とも既に連携を取って、このままリスキーゲームの返還に応じない場合は彼のカードの利用停止、及び『tique』アカウントの凍結等の措置を進める方向で話をつけています」


 一也に追い打ちをかけた俺の左隣の男性。

 スーツ姿。眼鏡をかけている。

 コンさんだった。彼は厳しい表情で告げた。

「現在、リスキーゲームはあなたの手元に渡っていることもこちらで把握しております。元の購入者である彼を困らせても、あなたから返還していただけなければ意味がありません。そこで本日、話し合いの場を設けるということになりました」


 ぽかんとする一也。目元には隈。伸びきった髭。多分この数日寝てない。寝ずにリスキーゲームにのめり込んでいる。


「で、でも、今までそれなりの費用を払って……」

 一也の矛先が西山さんの方に向かう。

「誠に申し訳ありません。当方としても、出来る限りのことは致したいのですが……」

「仮にこいつのカードが止められたとして、その後どうなるんです? カードならまた作れば……」

「カードを止める、及びアカウントの凍結という措置は最後通告です」

 コンさんが告げる。

「応じないようでしたら、それなりの措置を追加でとります。場合によっては金銭問題にも発展します」

「で、でも、そんな、俺、今まで……」

 混乱する一也に、畳みかけるように俺は告げる。

「なぁ一也。お前、後いくら出せる? 正直西山さんの弁護費用だけでも結構きついだろ?」

「貯金はもうない。来月の給料待つしかない」

 両手で顔を覆う一也。

「金がない……金がない……」

 俺の脳裏にまた言葉が浮かぶ。「金欠は災難の内」。


「そこでですね、その、私とリスキーゲームの開発者さんの方で話し合いをしたのですが」

 タイミングを見て、ウーさんが切り出す。

「一度返還に応じてみる、というのはどうでしょう。リコールがかかったということは商品に不備があったことを生産者側が認めることになります。これに関して消費者側が何らかの不利益を被った場合、生産者側にはその賠償に応じる義務があります」

「その通りです」

 コンさんが頷く。

「返還に応じていただければ、それ相応の対応をこちらもとらせていただきます」

「……対応って?」

 一也の問いにコンさんが答える。

「正直ここまで手間取るとは思っていませんでしたので、一度検討する時間をいただかないと……」


 はーっ。

 一也が胸の底からため息をつく。

「対応していただけるんですね?」

 念を押す一也。

「対応いたします」

 コンさんが頷く。

 一也はようやく、告げた。

「家にあります。これから取りに来ていただいても……」

 コンさんがにっこり笑う。

「もちろん伺います。今からでも……」

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