パンケーキを求めて
せいや
パンケーキを求めて
僕にとってあの人は、本当に大事な人なのである。
それは人間にとってお金が大事であるのとは、本質的に違うものだ。
あの人が笑った。
僕も笑う。それは連鎖的な反応であって、その連鎖とはドミノ倒しよりも必然なのである。
僕は今からあの人の家に向かおうとしているが、どうしても脚が動かない。
これは食欲がないから食べないといったような、いかにも動物的な本能とは違うのである。
気晴らしに、散歩に出かけることにした。
前から人が歩いてくる。見覚えのある顔だと思ったら、向こうから話しかけてきた。
「ジョン、どうしたのよ一体」
「ジェシー、今は僕に話しかけないでくれないか」
「パンケーキおごってくれるなら話しかけないであげる」
俺は家に帰ってベッドにダイブしたい欲に駆られたが、ジェシーの目をみて思い直した。
「あなた、あの人の家にはもう行ったの?」
パンケーキ屋へ向かう道中、ジェシーは何度も僕に訊いてきた。
その度僕は彼女に、僕にできる精一杯の変顔をみせてやった。
「あの人にその顔みせてやりたいわね」
パンケーキを食べるまで、彼女は黙らないようだ。
「ジェシー、きみがボブに顔を合わせるとしたら、どんな表情をするかい?」
「あなた、気やすくボブの名前ださないでよね」
その言葉が彼女特有の照れ隠しであることは、長年の付き合いから解る。
「ボブが君のことをどう思ってるか、考えたことあるかい?」
「考えたことないわ」
「僕はそれを考え続けているのさ。きっと君は想像できないほどだよ。歯を磨くときは大抵考えているね」
彼女は頬を膨らませたが、目の色も変わったように見えた。
「あなたまさか、私をボブの家まで連れて行こうとしてるんじゃないわよね?」
「そんなわけないだろ。パンケーキ屋へ向かっているんだから」
「パンケーキ屋ってホントにこの道で合ってるの?」
「合ってるったら」
「ほんとに?」
「その言葉、僕の気が変わらないうちに控えた方がいいぜ」
彼女は不服そうにそっぽを向いた。
「でもパンケーキ屋には、人が沢山いるかしら」
「いるだろうね。そんな気がする」
「なんでパンケーキって、そんなに人気があるのかしら」
僕は不意にあの人の顔を思い出した。
彼女の言葉が、僕の無意識に働いたからだろうか。
「君がパンケーキを想う気持ちが、きっと色んな人に伝染しているのさ」
「嫌な言い方しないでよ」
「ちっとも嫌じゃないさ」
今度はボブの顔を思い浮かべる。
ジェシーの話は基本的に取っ散らかっているけれど、ボブの話をしている時だけは集中して聞くことができる。
なぜだろう。
「あれ、もしかしてパンケーキ屋?」
彼女が嬉しそうな表情を浮かべたので、僕もそれに似せた表情で頷いた。
パンケーキを求めて せいや @mc-mant-sas
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