彼女は俺の花嫁候補、しかしその瞳は獲物を狩るかの様だった

白夜黒兎

第1話 プロローグ

桜が舞い散る四月。


学校指定の制服のスカートを揺らしながら少女は家の階段を駆け上っていく。


「お兄ちゃん、起きて!!」


元気な声が室内に響くが寝息を立ててベッドに潜り込んでる人物は起きようとしなかった。少女はむぅと頬を膨らませると、そっとベッドに近付きその人物の耳元で囁く。


「・・・早く起きないと……ちゅうしちゃうぞ」

「っ、!?」


少女がそう囁いた瞬間、さっきまで寝てたのが嘘かの様に飛び起きた青年はパチパチと瞬きして少女を見つめた。


「ふふっ、お兄ちゃんおはよ」

「・・・咲良さくら、さっきのどこで覚えたんだよ」

「なーいしょ」


ウィンクをして誤魔化す少女、咲良を青年は軽く拳で小突くとベッドから出てパジャマのボタンに手を掛け始める。


「・・・咲良、一旦出て行ってくれないか?」

「えー?良いじゃない、お兄ちゃんの裸なんてとっくに見慣れてるよぉ?」


咲良があまりにもニコニコと笑いながら言うもんだから青年は着替えようとした手を止め、ベッドに座るとその隣を叩いた。それを合図と言った様におずおずと咲良が青年の隣に腰掛ける。


「咲良、もしかして寂しいのか?」


青年は愛しさを含んだ瞳を細めながら咲良に優しく問う。それが図星だったらしく咲良は俯き体をぷるぷると震わせていた。


「・・・だって、お兄ちゃんと暫く会えないんだもん」


咲良は泣きそうになりながらもぽつ、ぽつと言葉を紡いでいった。咲良の言う通り青年、光陽は今日から妹の咲良を含む家族とは暫く会えない。高校受験の時光陽は今日から通う高校とは全く別の場所を受けるつもりだった。それはちゃんと自分のレベルに合わせた結果だった。家からも近いし学力もそんなにレベル高くないからいつもテストで普通以下の成績を収めてる自分にはピッタリな筈だった。しかし受験を受ける前日に一枚の紙が光陽宛てに届いた。


それは是非光陽に我が校に来て欲しいと言う内容だったのだ。しかしその高校は家からニ時間以上掛かる場所にある為毎朝通うにはキツすぎる。一応、学生寮があるがそうなると家族には滅多に会えなくなるのだ。


家族に会えないのは光陽だって寂しいがそこは光陽が行きたくても手が届かない程のレベルが高いところであったしそれが校長直々のオファーであるなら尚更行かないわけにはいかなかった。


「咲良、夏休みには絶対に帰るから」


ただの土日であれば寮で過ごす事になるだろうが長い休みであれば帰省して家でのんびりすることが出来るだろうし咲良ともお出掛けが出来ると光陽は考えていた。


咲良だってこれ以上我儘を言っても光陽を困らすだけだと分かっていた。でもやっぱり寂しいものは寂しいのだ。


「・・・お兄ちゃん、彼女作らないでね」


咲良は光陽の服の袖を軽く引っ張りながら呟いた。


「心配しなくても俺はモテないから大丈夫だよ」

「そんなことない!お兄ちゃん…モテるもん」


この時、光陽が鈍感で良かったと咲良は思った。実際、光陽はモテるし何度もアプローチされてるのだが本人は超が付く程の鈍感だし咲良が目を光らせてるためこの年になるまで一度も彼女が出来たことがなかった。


「クラスも男子だけのとこにしてね!」


咲良が高校の案内書を見せながら念押しに言ってくる。どうやらクラスを自分で決められるらしい。


「へぇ、咲良詳しいな」


光陽の事になると咲良が寝る間も惜しんで完璧に調べあげると言うことを知らない光陽は呑気に咲良を尊敬の眼差しで見つめる。


「咲良、そろそろ行かないとだから」


そう言ってもやっぱり咲良は出て行こうとしない。逆にパジャマを脱がしにかかってくる。抵抗して入学当日に遅れるのはマズイから咲良にされるがままにパジャマを脱いで制服を着る羽目になってしまった。


「お兄ちゃん、その制服凄く似合ってるよ・・・行ってらっしゃい」

「ありがとう、行ってきます」


咲良は眉を八の字に下げて小さく手を振る。それに応える様に光陽も手を振ると玄関のドアを開けて外に出た。



光陽は中学の頃、咲良と一緒に通っていた道を歩いていた。中学の頃は咲良が光陽にべったりだった為、此処を一人で通るのは初めての事だった。同じ中学だったこともあり昼休みも放課後も何かあればすぐに咲良は光陽の教室を訪ねた。そんな咲良を光陽は心配した。もしかして自分が知らないところで咲良が虐められてるんではないかと思ったがそれは見当違いだった様だ。咲良は昼休みや放課後以外は友達と過ごしてる様だし、クラスのリーダー的存在でもあった。それなのに色恋沙汰が少しもないと言うのはどういう事だろうか。本人に聞いても「おにいちゃん♡」なんて甘ったるい声で言うだけだしそれを本気と見ない光陽は「うちの妹可愛い」なんて言ってデレデレしている。絶対に自分が認めた男しか妹はやらんと光陽は意気込んでるがそんな相手がこの先ずっと出て来ることはないだろう。何故なら咲良が恋焦がれてるのは兄なのだから。



バス停に着くと既にバスが停まっていた。それに乗り込んで光陽は学校へと向かう。



バスに揺られてると眠くなるのは何故だろうか。光陽は何度もうたた寝しそうになりその度に無理に瞳をこじ開けていた。そうこうしてるとそのうち運転士さんの目的地に到着するアナウンスが流れた。バスから降りるとすぐに一際目立つ建物が光陽を出迎える。既にそこの生徒が蛇の行列の様に校門の前に並んでいてそこに立つ先生に生徒手帳を見せていた。


「はい、次————」


そのうち光陽の番がやって来て光陽も他の者と同様に生徒手帳を見せた。しかしいつまで経っても先生から了承の合図を中々得られない光陽は不思議に思って先生の顔を見た。先生は目を見開かせながら光陽を見つめるとそのまま暫し動かなくなってしまう。


「・・・先生?」


光陽の呼び掛けでやっと意識がこちらに戻った先生はにこりと笑顔を貼り付けたまま光陽を手で誘導する。


「瑞樹・・・光陽君だね?君が来るのを待ってたよ」


—クラスはこちらだ—と生徒手帳を見せただけでどこのクラスか把握してる先生に光陽は尊敬の眼差しを送るが前を歩く先生が気付く事はないだろう。


先生に誘導されたまま着いたのは本舎から少し離れた旧校舎と呼ばれるところだった。そこに着いても少しも歩むのを止めない先生。光陽は慌てて上履きに履き替えて急いで先生の後ろを付いて行く。先生に連れられて来たのは看板に(番)と書かれたところだった。先生はドアを勢いよく開けて教室へと足を踏み入れる。光陽もそれに続くのだが、光陽が足を踏み入れた瞬間、クラス中から視線を浴びる。だがあまりにも見すぎではないだろうか。同じ新入生なんだから立場は一緒の筈なのにクラスメイトが光陽から視線を逸らす事はなかった。なんとなくそれが恥ずかしくて俯きがちだった顔を勢いよくあげた光陽はそのまま元気の良い声を全体に響かせるように言う。


「瑞樹光陽です!!今日からよろしくお願いします!!」


しかし周りからの反応はなかった。初日からしくったか?と不安になった光陽は周りを見渡してその光景に息を呑み込んだ。


「へぇ…君が?」


黄色い帽子を深く被った橙髪のボブカットの“少女”は光陽自身を上から下へと目線を移動させながら呟いた。


「わぁ!お姉さんのドタイプだぁ」


光陽を見つめる金髪の長い髪を揺らす“少女”は両手を合わせて愛嬌のある笑顔を浮かべたまま喜んでいた。


「よろ〜!」


紫髪をポニーテールにした“少女”は頭上でピースをかざすと間が抜けた挨拶をする。


「先生…?彼が?」

「あぁ、そうだ」


少し後ろに居る黒髪セミロングの“少女”は光陽の隣に居る先生に理解の出来ない質問を投げ掛けている。


「・・・・・」


端っこの席の方では白のうさぎのぬいぐるみを抱き抱えたサイドツインテールにブロンヘアの“少女”はずっと俯いていて光陽を視界に入れようとしない。


そう・・・。


今あげた通り此処に居るのは全員女子だったのだ。


この場に居る最後の黒髪のおさげの“少女”は光陽をキツイ眼差しで見つめながら言う。


「では貴方が私達の番候補の方なんですね?」

「・・・え?」


おさげの少女の言ってる意味が分からなかった光陽から出たのは戸惑いを含む声だった。


♢♢♢♢♢♢



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