異世界の恋愛事情

めざし

第1話 マリア・フィクサー公爵令嬢の決意

 マリア・フィクサー公爵令嬢は天才である。

 弱冠16歳にして数々の魔道具を発明し、コンラード王国の発展を支える大発明家であった。


 心地よい昼下がり、公爵家自慢の花々が咲き乱れる庭園で、マリアは一冊の本を熟読していた。

 光を受けて輝く艶やかなブロンドの髪に少しつり上がった紫の瞳。美しい所作でページをめくる彼女は、王国でも5本の指に入る美少女であった。


 マリアはブツブツと呟きながらゆっくりとページをめくっていく。

「ゴウコン……サークル……ノミカイ……」


 彼女の読んでいる本の表紙には『異世界人の生態5』と書かれている。

 これは、公爵家の力を最大限に利用してグランデ帝国より取り寄せた、マリアの愛読書の最新刊であった。



 隣国、グランデ帝国には不思議な伝承がある。

『数百年に一度、異世界より人が降ってくる』


 そんな異世界人の生態を出来うる限り記録に残し、書籍にしたのが『異世界人の生態』であった。


 この書籍は世間一般には出回っておらず、発行部数も限られている為に帝国でも手に入れることは難しい。

 しかし、異世界人が降ってくると文明が100年は進むといわれている為、科学者や研究者にとっては喉から手が出る程欲しいシロモノであった。勿論マリアは初巻から全て所持している。しかも、全ての本の見開きには著者である『シルバー』のサインまで入っていた。

 そう、マリアはシルバーの熱狂的なファンなのである。


 マリアとこの本の出会いは3年前。

 現存する発明品の中でも史上最高と名高い転移門の発明に成功した頃から、マリアはスランプに陥っていた。


 特に興味のそそる物も無く、インスピレーションも湧かない。作りたい物も無い。発明家として日々欝々としていた時、友人から1冊の本をプレゼントされた。その本こそ『異世界人の生態1』だった。


 マリアはその本にのめり込んだ。

 異世界には、この世界には無い概念で溢れかえっている。

 マリアは滾った。


 それからマリアは著者であるシルバーに手紙を出し、本に載っている異世界のアイテムの開発許可を貰い、数々の魔道具の開発に力を注いだのだ。





 雲ひとつない青空の下、小鳥達がさえずりながら飛んでいく。

 侍女がマリアのカップに新しい紅茶を注いでいると、遠くから芝生を踏む足音が聞こえてきた。


「お嬢様、こちらを」

 歩いてきた執事が1枚の白いカードをマリアに手渡した。


 マリアは受け取ったカードに僅かに魔力を流し、浮き出てきた文字を読む。

 親友であるこの国の第1王女ロキシーからのメッセージであった。


『馬鹿弟は、王宮の中庭で例のご令嬢と楽しくお茶会中~』

 メッセージと共に、にこやかに語らう男女二人の姿が映し出される。


 これは、愛読書『異世界人の生態2』の中に記されていた『メール』なるモノからヒントを得て作った魔道具であった。


 お互いの魔力をカードに覚えさせ、タイムリーにその場の状況を相手方に伝える事が出来る。勿論一般には普及しておらず、マリアの信頼する者にしか販売を許可していない。


「いつも通り、ジン様は本日の約束もお忘れのようですね」

 マリアはそう言うと、軽く息を吐いてパタリと本を閉じた。

 側に控えていた侍女達はあからさまに顔を歪める。中には舌打ちする者さえいた。


 マリアの婚約者は、この国の第2王子であるジン・コンラード。 

 生まれる前から決まっていた婚約に特に何も感じていないマリアだったが、ここ半年のジンの行動にそろそろ我慢の限界がきていた。


 王命により定められた婚約。

 週に1度会う事は、両家で決められた約束事である。隔週でお互いの屋敷に赴き、親交を深める。お互いの事を良く知るのは勿論の事、周囲にも円満である事をアピールする狙いもあるのだ。つまり仕事である。

 それなのにジンは、マリアとは別の令嬢との恋に忙しいようだ。


「研究室に行きます」

 マリアは持っていたカードを執事に返すと、

「これをお父様に。それから……」

 マリアはふふふふと笑いながら片方の眉を器用に上げた。


「そろそろ私も動きます、と伝えて下さい」

「畏まりました」

 それを聞いた執事と侍女達は嬉しそうにほほ笑む。

 ジンはこの国の王子であるにも関わらず、公爵家に仕える従者からすこぶる評価が悪かった。





「ついに完成しましたわ」

 白衣を着たマリアは、薄いレンズを窓から降り注ぐ朝日に向けた。


 ここはフィクサー公爵家が所有する研究室。と言っても公爵家の屋敷の一画に作られた部屋であり、使用者はマリアのみであった。


「出来たのか?」

 隣に立っていたマリアの兄、ロムは彼女の手の中にあるレンズをまじまじと見つめた。


「ええ、陛下から依頼された『魔力視覚化レンズ』がついに完成したわ」


 この世界の人間の体内には必ず魔力が存在している。

 しかし、魔力を感じる事は出来ても視覚化する事が出来ない為、相手がどれほどの魔力を持ち、何の属性の魔法を得意としているのかを知る事は難しかった。

 勿論属性や魔力量を数値化する魔道具は存在するのだが、あくまでも数値化のみである。


 これは画期的な発明であった。

 勿論、各々の魔力は完全なる個人情報で、相手の許可無く勝手に知る事はタブーなのだが、国の上層部、特に王族や暗部には何かと危険が付きまとう。その為、国王陛下からマリアに直々に依頼が来たのだった。


 お蔭で今日のマリアは、学生の身でありながら完徹明けである。

 16歳にして王国一忙しい学生であった。


 マリアは傍らに用意してあるモノクルに先程のレンズを装着し、真新しい白い布が敷かれたビロードのトレイの上に置く。


「兄様、これを陛下に。後これを」

 そう言って1枚の紙をロムに手渡す。

 そこには、このレンズを説明するのにあたって必要な情報が全て書き込まれていた。


 マリアは発明や開発はするが、それ以外の諸々は全てロムに任せている。

 名も『ヴァイオレット』と匿名を使っている為、マリアが発明家のヴァイオレット本人だと知る者はこの国には非常に少ない。


「了解。すぐに陛下に献上する。きっとお喜びになるだろう」

 ロムは満足気に頷いた。


「してそのオペラグラスは?」

 デスクの傍らにある別のトレイに、この研究所には不似合いな美しいオペラグラスがのせられていた。


「これはそのレンズを特別に改良した試作品ですの。今日学園で試そうと思って」

 ふふふふとマリアは片方の眉を器用に上げながらほほ笑む。

 彼女がコレをする時は、何かとんでもない事を企んでいる時だ。


「ま、まあ、ほどほどにな……」

 長年彼女を見てきたロムは、モノクルの乗ったトレイを大切そうに持ち、そそくさと研究室を後にした。


「ええ、いってらっしゃいませ。兄様」

 マリアは手を振ると、学園に行く準備の為に席を立つ。


 流石に完徹はキツイ。

 学園に着くまでの時間、馬車で少し睡眠を取ろうと考えながらマリアは自室へ戻っていった。

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