第一章 新たな世界と幼年期

第4話 新しい世界




 目を開けると、そこは知らない部屋だった。


 もし何も知らない状況であったならば驚いてしまっていただろうが、奏多は冷静に状況を把握しようと試みる。



 まずは、起き上がって部屋を見て回ってみようかな――。



――ん?



 奏多は起きあがろうとするが、体が言うことをきかない。首を左右に動かそうとしても動く事もない。



――もしかして。



 奏多は視線を下に落とし、自分の体を見ようとする。



 起き上がれない、首が動かない。これらの状況を踏まえて推測すると、ある一つの答えが奏多の頭の中で導き出された。



――転生って、赤ちゃんからなんだ!







 よくよく考えてみれば、奏多は前の世界で亡くなっており、他の世界に転生したのだから、全く新しい状態(赤ちゃん)から新たな人生を始めるのは当たり前と言えば当たり前だった。


 出産の場面や母親の胎内の中からじゃなくて本当に良かった。



 奏多はこれからどうすべきか考える。


 部屋全体を見たわけではないが、壁や窓、部屋にある装飾品などを見る限り、かなり裕福な家庭である事は間違いない。部屋の雰囲気からすると、西洋風な造りである。



 そして何より……。


 隣でうとうとしているメイドが青い髪をしており、その髪の中から可愛らしい獣耳が生えている。



 うん、これは異世界で間違いない。


 そのメイドは見た感じ17,8歳くらいだろうか。前世では、15歳になったばかりであった奏多よりは年上にみえた。



 この部屋にいるのは彼女だけで、おそらく奏多のお守り係なのだろう。


 彼女を観察するのも楽しそうだが、奏多は他に意識を向ける。すぐに目に入ってきたのは、大きな棚に収納されているたくさん本たちだ。



 自らの足で歩けるようになれば、全て読んでやる!



 奏多は自分の胸にそう誓った。


 新たな知識を得られそうで、その胸は高鳴っており、それだけでも異世界に来て良かったと思えた。



 他にも、前世では見たことのない花が花瓶に飾られていた。



 この花、何で言うんだろう。



 そんな事を考えていると、扉の向こうから足音が聞こえてくる。奏多は、前世から視覚や聴覚なども優れていたが、今世でもそれは同じのようだ。


 しかし、隣のメイドさんはそれに気づいた様子はなく、未だうとうとしている。



 仕方ない、助けてあげようか。



「うー! うーー!」



 奏多は、メイドさんを起こすため精一杯声を出す。泣いて起こしてもいいのだが、彼女に迷惑をかけるわけにはいかないからな。


 奏多の声は届いたようで、メイドさんは大きな目をぱっちりと開けて奏多な顔を覗き込む。さっきまでしっかりと見えなかったが、ものすごく整った顔をしている。



「うー、よしよしー!」



 メイドさんは目尻を下げて奏多をあやす。


 そのすぐ後に、部屋の扉が開かれて誰かが入ってくる。メイドさんもすぐに向こうへ視線を移した。



「奥様! ちょうど今起きたところです」



 メイドさんは椅子から立ち上がり、2、3歩後退りながらその人物へ報告する。



「そう! お守り役ご苦労様、ニール」



 奥様と呼ばれた女性はメイドさんに向かってそう労う。このメイドさんの名前はニールって言うのか。可愛いし覚えておこう。


 奥様と呼ばれた女性がニコニコしながら奏多の顔を覗き込む。



 おぉ! この人も綺麗な人だ。



 そんな感想を抱いていると、奥様は彼方を抱き上げる。



「アルー、お母さんですよぉ〜」



 奥様はそう言ってあやしている。



 僕の名前はアルか。

 そしてこの人が僕のお母さんなんだね。


 奏多にとっても、アルとっても初めて感じる母からの愛だった。母からの愛情を感じながら、顔には自然と笑顔が浮かんだ。



「ニール! アルが笑ったわ!」



 母はアルが笑った事に喜んでいる。そうか、母親って子供が笑うだけで嬉しくなるんだ。


 奏多、いや、アルはそんな事を思いながら襲ってくる睡魔に抗えず、再び眠りの世界へ落ちていく。







 アルとしてこの世界に生を受けてから、半年が経った。



 半年もたてば、首もすわり、ハイハイも少しはできるようになっていた。


 転生した当初は首もすわっていなくて前しか見ることはできなかったし、指や足なども全く自分の思うように動かせなかった。


 しかし、今はある程度思うように動かせている。はじめて寝返りをうてた時は感動すら覚えたものだ。



 ただ、赤ちゃん故に授乳や粗相など、いろいろ恥ずかしい部分もある。今は何とか慣れてはきたが、それでも恥ずかしいことに変わりはない。




 半年の間、アルは情報を得ることに注力した。


 しかし、まだ言葉を話すことはできないし、赤ちゃんの前で込み入った話などするわけもなく、情報収集は困難を極めていた。


 情報源はお守り役のニールと母親、扉の前で立ち話をしているメイドや家臣たちしかないので情報量はそこまで多くはなかったが、噂話やほら話に踊らされないように、情報の精査はしっかりと行った。



 アルフォート・グランセル。


 それが今世の名前だ。アルが住む国の名前まではさすがに分からなかったが、父親がグランセル公爵であり、母が第2婦人であることはメイドたちの会話から分かった。


 ちなみにアルは三男の様で、爵位の継承権はないそうだ。


 今世は自分のために、楽しく行きたいと思っているアルにとって、兄たちと継承権をめぐって争う必要がないというのはうれしい知らせであった。



 また、魔法はほとんどすべての人が使えるようだ。母が指先から小さな光を出しているのを見た時は驚いたものだ。


 ただ、ニールのような獣人メイドが魔法を使っているところを見たことがないので、魔法を得意としている種族とそうでない種族とがいるのだろう。





 必要最低限の情報は粗方得られたが、アルにとって一番の収穫は「魔力量」の増やし方が分かったことであった。


 魔法を使えるのに、寝るときはランプに火をともしているのを見て、魔力にも限界があるのだなと簡単に予想できたので、魔力量を増やす方法を知りたかったのだ。


 といっても、アルはまだ魔力がどのようなもので、どうやって魔法を使っているのかもわかっていない状態であるのだが。




◇◇◇◇◇




 アルが寝たふりをしていると、ニールはいつも目を閉じて腕を上げながら深呼吸を始める。


 短時間ならそこまでおかしな行動というわけではないのだが、長時間それを続けているため、アルは不思議に思っていた。


 それからアルはニールの動きを監視していたのだが、ある時その現場に母が入ってきたことがあった。


 ニールは母が入ってきたことにも気づいていないようで、一見するとお守りの仕事を放棄して眠っているようにも見えた。


 「あー、怒られるかな?」と内心ひやひやしていたが、母は起こることはせず、「ニール、成果はどう?」と尋ねた。

 そう声をかけられて初めて母の存在に気付いたニールは椅子から立ち上がった。

 「魔力を感じることはできるようになったのですが、魔力の量は微増した程度です。お守り役の仕事中ですのに、申し訳ありません」とニールは申し訳なさそうに答えていた。




◇◇◇◇◇




 同じ動きをすることで、魔力量が上がるのかどうかは甚だ疑問ではあるが、アルもその動きを真似してみることにした。



 息を吸ってー、同時に腕をあげー、息を止める。数秒息を止めー、その倍の時間で吐ききる。



 一回やった程度では何も感じることはできなかった。もしかすると何か他にやっているのかもしれないな。


 そう思ったアルは再度寝たふりをして、ニールの動きを監視することにした。







 2日間ニールの動きを監視した結果、一つのことに気が付いた。



 最初はただの深呼吸なのかと思ったが、ニールの中で上手くいったであろう時は、その後にお腹のあたりに手をあてて、何かを探るような動きをしていた。


 その行動から推測するに、あの部分に魔力を作り出したり、貯めておくような機関があるのではないか。


 そして、深呼吸することで魔力を体中に循環させるようなイメージトレーニングを行っているのではないかとアルは考えた。



 よし、推測したことを実践してみるよう。



 アルは目を閉じて、ニールが触っていた腹の下あたりに全集中力を集める。


 おそらく膵臓と大腸の間くらいだろうか。医学的にその部分に臓器などないのだが、ここは異世界だし人の体の中身まで『地球』のそれと同じかはわからない。


 アルはそこに仮想の臓器を脳内イメージの中に作り出す。心臓からそこへ血液が流れ、その血液がその臓器を通って体全体へと循環していくようなイメージを浮かべる。


 すると、徐々に血菅とは別の管を通る筋が体の中を通っていくような感覚を覚える。



 その管はさっきアルが想定した臓器から血管のそばを通りながら脳、肺、心臓を経由し元の場所へ戻っていく。

 そして、各部位からどんどん体中へ管が通っていき、目の先や指先までその管が通っていったとき、アルは目を開ける。


 すると、目の前の景色が全く違って見えた。


 椅子に座って、深呼吸をしているニールを見ると、ニールの体を魔力が循環していることが分かる。正直言って気持ちが悪い。


 人間の中に通っている血液の流れを見ているようなものだから、当たり前だ。


 アルは目を閉じ、その器官から流れ出る魔力の管をせき止めるようなイメージをする。



 そして、もう一度目を開けるといつものみえていた景色に戻った。


 おそらくこの器官から魔力が流れてきて、目にその魔力が到達することで今のような景色になってしまうのだろう。


 さすがに常時あれだったら人を見ることもなかなかできないだろうし、気持ち悪くて仕方なかっただろう。



 かくして、アルは魔力の管を体中に張り巡らせることに成功したのだった。



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