道端に咲いた優曇華～転生したら3000年に1人の逸材と呼ばれる～

第3話 異世界転生

「しかし、君はあれほど不幸になるはずではなかったのじゃ」

　神は少し悲しそうな表情でそう言う。

――あれほど不幸になるはずではなかった？

　奏多はその言葉に疑問を覚えた。

「それはどういうことですか？」

「君の住んでいた『日本』は、わしらの中でも少し変わった場所なんじゃよ。

　君の住んでいたなら聞いたことがあるじゃろうが、『八百万の神』によって管理されておる国じゃからな」

　奏多の質問に神は簡単に答える。

　しかし、神の世界の事など全く知らない奏多には、その言葉の真意をはかることはできなかった。

「八百万の神が管理している事と僕が不幸な事が繋がると？」

　奏多は神にそう尋ねる。

　神様の話を聞く限り、奏多は不幸になるはずではなかった。

　しかし、八百万の神が管理する『日本』は神々の世界の中でもイレギュラーな存在であり、それが自分の事と繋がっていると言う事はなんとなく理解できる。

「『八百万の神』は『日本』を管理する神々の総称じゃが、実際はそこまで多いわけではないのじゃ。

　じゃが、一つの国に対して神々が多く存在している事も確かではあるがの」

　神は『日本』と言う国の異常性を奏多に話す。少し長い話を聞くことになったが、まとめると…

① 日本には多くの神が存在する。

② 神々によって各分野に分割して管理を行なっている。

③ ①②は他の世界では殆ど例がなく、神々による世界の分割管理は『地球』で多く生じており、特に『日本』ではそれが顕著に現れている。

と言う事だった。

　確かに、「お米一粒には七人の神様がいる」っておばあちゃんも言っていた。小さい頃は、「じゃあ神様って何人いるんだろう？」って疑問に思ったものだ。

「『日本』が神様たちの中で異常な国である事は分かりました。

　でも、それと僕の不幸は何か関係あるのですか？　関係あるようには思えないのですが」

　奏多の質問に対して、神は少し困ったような顔をする。

　どこまで話していいものか考えているのだろう。そして、神は決意したかのように話し始める。

「……奏多君、神の仕事で主なものは何か分かるかの？」

――神の仕事。

　正直、考えた事もない。普通の家庭で育ち、普通に成長したのだから当たり前なのだが。

　奏多は、小さな頃から読み漁った図書館の本たちから得た知識を思い起こす。

「僕の生前の知識では、神は崇拝される存在であると考えられる一方で、人間から神格化する者もあると記憶しています。

　それが事実かは分かりませんが、死者の処遇と新たな命の選別でしょうか」

　奏多はそう推測した。

　人間が神格化したと言う話はいくつかあった。ギリシャ神話のヘラクレスは人間界での活躍により神格化されたとされており、人間の行動の是非によって、神たちがそれを評価すると言う事はあり得る話だ。

　しかし、その反対に神が人の形で人間界に降臨する事もあったはずだ。

「大体は君の推測通りじゃよ。本来、神は自分の管理する世界に住む者たちの『魂の選別』を行うことが主な仕事であるのじゃ」

――「魂の選別」か。

　芥川の作品、『蜘蛛の糸』なんかをイメージしたらいいのだろう。生前の行動によって神々が判断するのだろう。

「しかし、『日本』では少し事情が異なるのじゃ。

　大勢いる神たちの仕事は、自分の分割された分野で、住人たちに試練を与え、乗り越えさせることにより、自身への崇拝を高めようとしておるのじゃ」

　確かに、神々によって分割された『日本』では、担当の分野によっては信仰心を得る事が難しいだろう。

「君の前世は善良な者じゃった。

　その事を評価して、君は他の誰より高いスペックを持って『日本』の神によって選別されたわけじゃが、他の神たちからすると試練を与えるべき存在じゃ。

　様々な分野で高いスペックを持つ君は、神たちの注目を集めすぎたといえるじゃろう」

　奏多は様々な分野で秀でていた。

　もし才能が偏っていた場合、その分野を管理する神からしか試練を与えられなかっただろうが、奏多は満遍なく各分野の神々から試練を与えられた。

「じゃが、神々はやりすぎた。

　他の神たちと話し合う事なしに試練を与え続け、君の活躍を通して信仰心を集めようとしたのじゃ。特に、生命の神は神の規定をも破り、君の祖父母の死を早めさせた」

　悲しさや奏多に対する罪悪感、『日本』の神に対する怒りなど、様々な感情が神の中にはあり、それらが雁字搦めになっていた。

　しかし、それは奏多とて同じであった。

――祖父母の死も神々が与えた試練と言うのか？

　奏多には理解できなかった。神々は信仰心を集めるために祖父母を殺した事になる。

　しかし、そんな事があっていいのか？人は死んだらもう生き返らないのだ。

「本当に申し訳ない」

　神は奏多に謝罪する。

　その神の姿を見て、奏多は我に帰る。そして、心に渦巻いていた怒りの感情が消えていった。

――そうだ、この人は関係ないんだ。

「あなたが謝る事じゃないですよ。本当のことを教えて頂きありがとうございます」

　神の世界のルールなど知らないが、おそらくこの話を奏多にしなくてもよかったのだろう。

　その事を思うと、この人に怒りをぶつけても意味はないし、何より親切心を裏切る事などあってはならない。

　神は、奏多の表情を見て少し安堵する。そして、話は彼の今後の事へとかわった。

「本来なら、君は『地球』の神々によってその魂を選別されるのじゃが、『地球』の神々は信用ならん。

　じゃから、君はわしの世界へ転生させようと思っておる」

　神はそう言い切る。

　もし『地球』の神々によって選別されたなら、奏多の記憶は消されて、新たな命を与えられただろう。奏多には何も知らせぬまま。それが、神にとって許せなかったからだ。

「転生ですか。記憶などは消さないのですか？」

　奏多はそう尋ねる。

　勿論、奏多は神の仕事など知らないので、どのようなプロセスで魂の選別が行われるかなど知らない。

「君が若くして亡くなったのは神たちの責任じゃ。……次の世界では、自分のために生きなさい」

　珍しく神は諭すようにそう言う。

　日本での奏多は、常に誰かのために行動していた。

　図書館に行き出したのも早く独り立ちするための知識を蓄えるためであったし、部活動に入らなかったのも祖父母の金銭面への配慮があった。

　そして、死の間際でさえ、彼は乗客の命を助けるために行動していたほどだ。

「さて、わしが管理する世界では『地球』と違って異なる発展をしておる。『魔法』も存在するし、魔物や魔族、魔王なんかもおる。どうじゃ、楽しそうじゃろ？」

　神は奏多にそう笑かける。流石に、奏多も今回な転生において神の自分に対する配慮が感じ取れた。

「そうですね」

　奏多の頭の中の真っ白な何かが溶けていくようなそんな感じがした。

――もう大丈夫だ。

◇

「わしが転生させる事によって、君にはわしの加護がつく。他の者たちよりも魔法習得がしやすくなるじゃろう。……と言っても、君なら加護なしでも簡単かもしれんが」

「では、そろそろ時間じゃな。次の人生は楽しむのじゃぞ」

　周囲にはキラキラした光が奏多を包むように広がっていく。

「最後に、あなたのお名前を聞いてもいいですか？」

　奏多は光の中で神に尋ねる。色々教えてくれた、自分を救ってくれた人の名前だけでも知りたかったのだ。

「わしの名は……アルバスじゃよ」

　アルバスはそう言って微笑んだ。

「そのお名前、一生忘れません！」

　奏多は光の粒たちに包まれてその場からいなくなった。

「……奏多、次はお前らしく生きてくれ」

　真っ白な空間に一人残された老人は、光の粒たちに向かってそう呟いた。