セラピーステップ

まるっちーの

第1話 新入職員

20XX年...。人類は謎のウィルスに脅かされていた。


新型ウィルスはサロニウィルスと呼称され、徐々に感染が拡大していった。


症状は脳血管障害と酷似しており、多くの人間が死亡あるいは植物状態となっていた。


ウィルスの変異もあり、治療法や薬などの有効な治療法は無く、感染を恐れた人類は互いを信じる事が出来なくなり、破滅への道を歩んでいるかのように見えた。


しかし、ウィルスが進化するように人類も進化していた。


自らの体を粒子に変え、他者の体へ入り込み治療を行う画期的な医療法が確立された。


その手技は通称「リメイク」と呼ばれ、リメイクが行える人間がウィルスとの戦いに明け暮れる日々が始まった。









サロニウィルスが発見されてから25年後…


物語は都心に位置する相山病院から始まる。病床数456の病院で主に骨折などの整形疾患に力を入れている病院だ。


中でもサロニウィルスを専門的に治療する病床は10床あり、リメイクを行うセラピストは3人いる。


セラピストは常に人手不足なため、新入職員として配属となった青年がいた。


彼の名前は夢山 大我(ゆめやま たいが)。


好物の焼肉弁当をコンビニで買い、通勤路を歩いていた。


9時に新入職員に対するオリエンテーションがあり、彼はセラピストたちが集うセラピールームへと向かっていた。


受付を通り抜け、病院内のコンビニを過ぎたら右に曲がる。そこから50mほど進んだ先にセラピールームはある。


「失礼します!」


大我は勢いよく扉を開けた。


中には20畳程度だろうか、スペースが広がっており、4人掛けのテーブルが配置されている。そこには2人の男と1人の女性が腰かけていた。


奥には2つの扉があり、壁にはガラスがはめ込まれているため、中の様子を確認できるようになっている。窓の近くにはバイタルを確認できる機会が扉の中と外に設置されているのが見える。


「君が今日から入職予定の夢山 大我君だね?よろしく。」


3人の中でも一番の風格がある男が話しかけてきた。年齢は30前半くらいだろうか。


爽やかな挨拶だが、その鋭い眼光にやや圧倒されながらも大我は答える。


「押忍!今日から一緒に仕事をさせて頂く夢山 大我です!先輩方、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします!」


大我は勢いよく頭を下げた。


「夢山?」


3人の中の若そうな男が怪訝そうな声を上げた。


「はは…。えらい体育会系が来ちゃったね。まあ、元気があっていいね。

私は園山 宏昌(そのやま ひろまさ)だ。ここの課長を任されている。よろしくね。」


一番風格がある男はやや困ったように眉を八の字にしながら名前を教えた。


「じゃあ、ここの職員を紹介しよう。」


 園山は続けた。


「まず、三上 裕希(みかみ ゆうき)君の5年先輩になる。彼に業務の事はいろいろ聞くといい。」


先ほど怪訝な声を上げた青年を指さして園山は言った。


「あの天才セラピストの三上さんですか!三上さんが出している、セラピストの勧め読みましたよ!あれ、めっちゃわかりやすかったです!」


夢山は三上の近くまで駆け寄り、羨望の眼差しを向けたが、三上は夢山を睨むばかりだった。


「そしてうちの紅一点。増田 光(ますだ ひかり)さんだ。君より7年先輩だな。」


園山は何かを感じ取ったのか、慌てて次のショートカットの女性を紹介した。


「増田です。よろしく新人君。」


はきはきとしゃべる中にもどこか大人の余裕を感じさせる言葉にやや胸の高鳴りを覚える夢山。彼の心情を誤魔化すかのように部屋に置いてあった電話が鳴り始めた。


「はい。リメイク室です。」


増田が間を置かず電話に出た。


「緊急ですね。わかりました。」


増田が部長である園山に視線を送ると園山は頷いた。


「受け入れは大丈夫です。患者さんのカルテのIDをお願いします。」


増田はそう言い、メモを取り始めた。

メモの番号を見た三上が電子カルテを立ち上げ、IDを入力すると患者の情報が閲覧できた。


患者の名前は関崎 勉(せきざき つとむ)28歳の男性。元々、相山病院には仕事の過労から精神を患って通院していたらしい。職務中に急に倒れて意識不明とのこと。


「三上君。君がこの患者をオペしてくれ。私が夢山君にいろいろ説明しておくから。」


園山は大我を呼ぶと説明を始めた。


「さて、夢山君。色々知っている事もあると思うが、まずは一通り説明させてもらうね。」


夢山は園山の言葉に頷く。

セラピールームの奥にあるリメイク室で三上と増田がオペの準備を始めていた。


「まず、リメイクとは脳の内部に入った細胞を我々が切除する事だ。脳に入る行為を通称ダイブと呼ぶ。ダイブ後は患者の言わば記憶の精神世界へ突入する。そして、サロニウィルスは人間の脳細胞を破壊しようとするため、罹患した人間のトラウマとなる者に成り代わって人間を内側から壊そうとする。そのトラウマ兼サロニウィルスを見つけ出し、切除することが我々の目的となる。」


大我は頷いた。園山は説明を続ける。


「当然で大事な事だが、ウィルスも必死に生き残ろうとしてくる。そのため、我々の存在に気付けば殺しに来る。こんなことを最初から言うのは憚れるが、これは人類とウィルスとの戦争なんだ。いつ死んでもおかしくない。」


園山は遠くを見つめた。心なしか厳しい眼光の奥に寂しさや悲しさが垣間見えた気がした。


ガラガラと音を立ててストレッチャーが運びこまれてきた。

ストレッチャーの上には先ほどの話に出ていた関崎が横たわっており、リメイク室のベッドへと運ばれる。


頭にヘルメットの様なアルミ製の機器を関崎は取り付けられた。

これがリメイクを可能とする装置、通称ゲート

このゲートを使用し、セラピスト達はダイブを行う。

そんな事を習ったなと夢山は考えていた。


三上は関崎の前に立った。


「MRIの画像を見ると脳の破壊はそこまで進んではいない。三上君ならすぐに切除できそうよ。」


増田は三上へそう言った。

三上は少し頷く。


「これより、サロニウィルス除去手術を始める。」


部屋の外にいる園山がパソコンを使用してゲートの出力を上げる。

すると、ゲートから3本の電流が三上に向かって伸びた。それに触れた三上は光の粒子になり、ゲートに吸い込まれていった。


すると、別のパソコンに三上が見ている映像が映し出される。


「彼の手技をよく見ているんだ。」


園山は大我に言った。

園山の口ぶりから三上はかなり信頼されているのだろう。







三上が目を開けるとそこは80人ほどの人間が働くオフィスの中だった。

全員がせわしなく働いている。

パソコンを打つ人、仕事の電話を掛けるものそれぞれが手を抜かず働いているのだろう。ピリッとした雰囲気が伝わってくる。


「だから、何べん言ったら分かるのかねえ~。」


横から呆れた様な大きな声が聞こえてきた。

見ると、50代くらいの男が足を組んでのけ反りながら資料を見ていた。

前には関崎が立っており、どうやら仕事内容に対して指導を受けているようだ。


「君さあ、やる気あるの?」


男が呆れたように言う。


「あります...。」


関崎は活気なく、答える。


「あるって言ってもねえ。もうそろそろ、後輩も多くなってきてるし、1年毎に成長していかなきゃいけないんじゃないの?もうさ、話になんないよ。これで上から俺がどれ位、怒られると思う?代わりに役員会に出て説明してくれるの?」


次から次へと関崎に罵声を浴びせていた。彼がどんどん萎縮しているのがわかる。


「また、小林部長が関崎君を怒ってるよ。まあ、言ってることは間違ってないけどあんなにみんなの前で分かるように叱らなくてもいいのにね。」


同僚たちが関崎や小林に聞こえない様に話していた。


三上は小林と呼ばれた人物が彼のトラウマであると推察し、近づいて行った。


「あ!関崎さんの体から黒い煙みたいなのが出てますね。」


園山がモニターを指さして興奮気味に言った。


「あれはサロニウィルスが進行していて患者の脳細胞が死滅していっている証拠。ああやってどんどん患者から煙が出て、患者の存在が消えちゃったら脳死状態になるわ。」


増田がモニターから目を離さず答えた。


「まあ、そうならないよう迅速に処理するため、精神世界でも使用できる武器がある。彼の場合はメスが武器だな。武器を使用しないとサロニウィルスは倒せない。我々の切り札だ。」


園山も補足して説明する。

画面の中で三上は武器であるメスを取り出し、小林に向けて死角から切りかかっていた。


ぎょろっと音がしそうな位、急に目と首を小林は三上の方へ向け、キャスター付きの椅子を蹴って後方へ避けた。


メスは空を切った。

急襲で態勢が崩れている。ここがチャンスだと思い、三上は更に踏み込む。


「ぎえええええええええええ!!」


小林の先ほどまで出ていた声とは比べ物にならないほど高い声が発せられた。


小林は三上の手首を掴み、引き寄せた。


「危ない!」


モニターの前で夢山が声を上げた。


引きよられた反動を利用して三上は小林に膝蹴りを入れた。


「ううううううう…。」


大きな音を立てて、小林は椅子ごと倒れた。


「すげえ!これでこっちが有利っすね!」


大我がまるでスポーツでも見ているかのような大声を上げた。


「いや、もう終わった。」


画面の中の三上が言った。ここでの会話はパソコンのマイクを通して向こうに聞こえているらしい。


小林の首が切り裂かれており、傷口から血ではない黒い液体が飛び散っていた。

そうすると小林は徐々に黒い煙となって消えていった。

反対に関崎の黒い煙は消えてなくなり、顔には笑顔を浮かべていた。


「あのくそ上司ざまあみろってんだ!」


関崎がガッツポーズをしながら言った。


「あなたがあいつを殺ってくれたんですよね!?ありがとうございます。」


関崎が三上に言うと、やや間があって三上が口を開く。


「私も仕事なので感謝する必要はない。あと、君は精神体だから言っても無駄かもしれないが、我慢をし過ぎない方がいい。自分の《心》身を管理するのも社会人の大事な務めだ。本当に苦しかったら声を上げる。色んな人を診てきたが、自分を大切にできない人間は誰も大切に出来ないぞ。」


関崎はうなだれながらも大きく頷いた。


精神世界での出来事は記憶に残る者もいるが、大抵の場合忘れてしまう。


厳しい口調だったが、三上なりの不器用な優しさが垣間見えた。


三上は目を閉じると光の粒子となって現実世界へと戻った。







ゲートから光の粒子が出てくると、それが集まり三上の姿となった。


「お疲れ様です!いやあ、凄かったですね。どのタイミングで切ったのか分からなかったですよ!」


大我が扉を開けて話しかけてきた。


「就職早々、馴れ馴れしい奴だ。」


三上は肩をすくめて溜息をついた。


「なあ、夢山」


三上が質問には答えず言った。


「はい?」


夢山は急に話しかけられたので素っ頓狂な声を上げた。


「お前の父親はサロニウィルスを最初にばら撒き、犯罪まで犯した夢山 豊か?」


三上の声が大我にはさっきより大きく反響しているように聞こえた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

セラピーステップ まるっちーの @marutias

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ