死にたかった私が生きている理由

譚月遊生季

死にたかった私が生きている理由

 友達が安楽死してから、数ヶ月が経った。


「これで、もう苦しまなくて済むね」


 友達は、重い精神疾患を患っていた。この時代、どんな人間でも、望めば安楽死ができる。

 労働用のアンドロイドが発達したおかげで、人手不足は補いやすいし、「死」という選択肢が許されたことで楽になった人は多いらしい。少なくとも、自殺はほとんどなくなった。


 友達の死に顔は安らかだった。彼女がいなくなったことは寂しいけれど、苦しんでいたのを間近で見てきたので、楽になれたのなら……救われたのなら、良かったのかもしれない、とも思う。


 だけど、私は死んでやらない。


「は? 人身事故? 有り得ねぇー。安楽死できるんだったら、そっち選べばいいのに」

「珍しいねぇ。でも、いるんだって。『抗議のために』わざわざ自殺選ぶ人」

「うっわぁ、迷惑。嫌がらせかよ」


 通学電車の中で、そんな会話を聞いた。

 鬱陶しかったので、車両を変えた。


「ねぇー。ダサ美。あんたも望んだら簡単に死ねるんだよ?」

「なんでまだ死んでないわけ? だっせぇ。トロちゃんはその点、偉いよなぁ」


 学校で、いつもみたいに罵られたから、無視を決め込んだ。

 あの子は耐えられなかったし、逃げることを選んだ。

 そのことは悪くない。

 だけど、壊したのはこいつらだ。本当に死ぬべきだったのはこいつらだ。


 私は絶対に、死んでやらない。


 あの子は、こんな世界から逃げ出せて、幸せかもしれない。

 穏やかで、優しくて、大人しくて、繊細だったあの子に、この世界はつらすぎる。


「ねぇー、なんか言えよ」

「そうそうー。生きるのに向いてないんだったら、『やるべきこと』あるでしょ?」


 だから、覚えておいてやるんだ。

 あの子の笑顔と優しさを、友達だった私だけが知っている。


 つらかったら逃げられる。

 苦しかったら楽になれる。

 非常口があるのはきっと、大切なことだ。


 ……でもね。


 ──ごめんね

 ──もう、一緒に映画、観に行けないね


 私はあなたと、生きていたかったんだよ。

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死にたかった私が生きている理由 譚月遊生季 @under_moon

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