第2話
……どうやら噴火は免れそうだ……
銀孤がホッとした時に、
「ひっ!」
少女は今迄、少年達にいたぶられ凌辱されていたので、当然の事ながら男神使の銀孤を見て恐怖する。
「おっ!これは気が利かん事を……」
銀孤は慌てて孤族の姿に戻って、その愛らしい容姿を少女に向けた。
「ひっ?」
銀孤は少女を弄んで喜んでいた少年達と同様の、異性の格好では怯えると思って、よかれと思い身を変えたが、当然の事ながら少女は再び怯える格好となった。
「あー、怯えるでない……怯えるでない。私は其方をいたぶろうとは、これっぽっちも思っておらぬ」
銀孤はフサフサの光り輝く銀色の毛を揺らしながら、親指を人差し指の第一関節辺りに置いて、〝ちょっと〟とか〝これっぽっち〟とか表現しようと手を差し出したが、狐の姿では人間の様な指が無い。
「おっ?これっぽっちもできぬとは……」
それは立派な毛並みの銀色の狐が、指先が思う様にならずアタフタと、尻尾を揺らし大きな耳を伏せたり立たせたりしながら格闘している姿を、少女は少しずつ笑みを浮かべて見つめた。
「おっ?少しは大丈夫になったか?」
少女は銀孤を見つめながら、大きな目に涙を溜めて顔を振った。
「……で、あろうなぁ……難儀な思いをいたしたな?よいよい、思う存分と泣くがよい……」
銀孤は少女の肩を、その大きな肉球の手でポンポンと軽く叩いた。
すると、肩にあった傷や打撲の痕がポンポンと消えていく……そして痛みも……。
「………」
少女は、吃驚したように銀孤を注視する。
「ああ?私はそれは尊い大神様にお仕えいたす、遣わしめである」
少女の視線を受けて、銀色狐姿の銀孤が言う。
「……ゆえに、神様程では無いが、多少の〝力〟は持っておるのだ」
人間の少女達が大好きな肉球を、ポンポンポンポンと押し当てて、少女の身体の傷や打撲や、少年達が残した汚らわしき痕を消していく。
「まだまだ、いたいけな乙女であるに……」
銀孤は、しみじみと呟いてポンポンする。
「乙女の印も戻すか?」
銀狐は、ちょっと小首を傾げて聞いた。
「えっ?」
少女が反対に銀狐に、疑問符を投げかける。
「……元に戻すは容易いが、男神使であるので、さすがに乙女の〝それ〟を修復いたすは憚れる。ゆえに望むのであらば、懇意の女神使にやらせるが如何致す?」
銀狐は、ジッと少女の大事な所を見つめて聞いた。
「あっ?」
少女は恥じらう様に再び身を屈めると、涙を込み上げる。
「……だが、大事なのは〝それ〟ではないな。其方の此処の方が一番である。此処を癒すのに役立つのであらば、女神使を連れて参るが……?」
銀孤はポンと少女の胸に、もふもふの丸い手を置いて言った。
ううう……と、少女は泣いている。
銀狐は男神使だから、少女の気持ちは理解できない。
……女神使なら分かるだろうか?と思案する。
「死にたい……」
泣きながら、途切れ途切れに少女が、かき消えそうな声で言った。
「死にたい?何を申すか?」
「ううう………」
「おお!時間を戻して無かった事と致すか?それは大業な事となるが、私は無理でも大神様なら容易い事である」
「えっ?マジ?」
「マジ?マジである。そんなの朝飯前である……大神様なら」
「……でも、歴史とか変えると、大変な事になるんでしょ?」
「歴史?変える?大変?……うーん?時を司る神様が座す位だからな……時の神が成される事だが、大神様ならできるのだ。歴史とは人間のものであって、神様のものではないからなぁ……多少変えても変わりなかろう」
銀狐が思案する様に言う。
だが少女には理解できない様だ。
「其方達人間が言っている事は、的を得ているものもあれば、得ていないものもある。地球ひいては宇宙に大事が無ければ、別に人間の歴史などどうでもなるのだ。第一〝人間の歴史〟とか申しておる物程、あやふやなものはない。勝手に人間が人間の事を書き残しておるのであって、チョコッと変わった所で〝新事実〟とやらで、騒いで済む問題だ。だが私が申しておいてなんだが、無かった事にするのは気が進まん……」
銀狐は、神妙な表情を浮かべて言った。
「どうして?グス……」
少女は洟を啜る様にしながら、銀孤を見つめる。
「なかった事は……此処で起こった事全てが消える。此処でそれを避けれたとしても、彼奴らはまた、仕掛けて来るかもしれぬ……いずれ其方は彼奴らに凌辱され、写真など撮られておったから、それを脅しのタネにされるか、はたまたそれで虐められるか……今よりも、遥かに悲惨な目に遭うやもしれぬ………」
「……此処で戻してもらっても、運命だから?」
「まぁ……そうだ。どうして其方に、この様な狼藉を働いたか?しかと考えてみよ?今回其方は実に哀れであるが、大神様が虫の居所がお悪くて、なんとあの者達に八つ当たりを致したので、其方のこの先の悲惨な状況は、拭いやられる事となった……」
「?????」
「あーつまりだな……」
銀孤はそう言うと、ちょっと神社の方に視線を向けて、肉球ぷりぷりの手をクイクイとさせた。
するとポンポンとその肉球の手に、缶コーヒーが二本現れた。
「此処はちょっと冷える……」
銀狐は少女の衣服を手軽く元に戻すと、大神様がお消えになられた社の側の、朽ちかけたベンチに座らせた。
「大神様は、ちょっと天にあって、お
鋭い爪でポンと缶コーヒーの蓋を開けると、少女に手渡した。
「あったかい……」
「これは大神様に仕える氏子の一人である、山本が偶に供えて参る物だ。今夜は温かい方がよいと思い、温かくいたした。大神様もお気に入りの物であるゆえ、堪能いたすがよい」
少女は一口二口と喉を通すと、ホッと息を吐いた。
「気持ちが落ち着くであろう?大神様のご慈悲である」
銀孤はニッと笑むと、少女を見た。
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