第29話 ママ友とのお茶会
翌日、咲を保育園まで送った俺は家事をできる限り終わらせて約束の時間に間に合うように家を出た。
今から向かうファミレスは駅前のだが、実は同じファミレスが駅内にもある。しかしこの二店舗では客層がはっきりと分かれている。
駅内のファミレスではお昼はサラリーマンが多く、4時以降は学生で溢れ返っている。俺の通う高校の生徒は電車通学が多いので放課後に利用することが多いらしい。
一方、駅前のファミレスではお昼は主婦が多く、お昼の時間帯を過ぎると子連れの客が増えてくる。夜になってもそれはあまり変わらず仕事終わりの父親も参加して家族で食事をとっていたりする。俺も何度か咲を連れて来たことがあるが、ここの店員は日頃から子連れの客が多いので対応がものすごく良い。それに少し咲が駄々をこねたりして騒がしくなっても周りも理解してくれるのでこちらとしても助かるのだ。
俺は約束の時間通りにファミレスに着いた。ここのファミレスの開店時間は9時半からで、まだ30分しか経っていないのに店内はすでに満席に近い状態であった。
俺は文香さんを探して、その席へと向かった。
「おはようございます」
「おはよう!徹くん久しぶりね~。あ、座って座って!」
文香さんに促されて俺は隣に座った。
「元気にしてた?」
「はい。文香さんも変わらず元気そうでよかったです」
もちろんよ、と力こぶを作ってみせた文香さんは目の前に座っているママ友を紹介してくれた。
「こちら、大輝くんママ」
「初めまして。大輝の母の
恵さんは席を立ちゆっくりとお辞儀をした。俺も同じようにお辞儀をする。
「初めまして。咲の兄の徹です」
軽い挨拶を済ませた俺たちは席に座りなおした。文香さんと恵さんが話し始めたが、俺はその会話に参加することなく思索に耽っていた。
どこかで大輝くんの話を聞いた気がするんだけどな……
俺は中々思い出せないでいたが恵さんの言葉で記憶の扉が開かれた。
「うちなんて家の中でもずっとしっぽ取りしているのよ。狭いのに困っちゃうわ~」
あ!しっぽ取りだ。確か咲と大輝くんが最後まで残ってその時に大輝くんが怪我をしたって先生が言っていた。それは決してわざとではなく、しょうがなく起こってしまったことだと。
だがわざとではないとはいえ一言謝っておかなければいけないと思っていたんだ。
……まさか俺を誘ったのではなくて、このために呼びつけたのではないか?やはりママ友とのお茶会というのは平穏なものではないのかもしれない。
俺の中では想像していた恐ろしいお茶会になるのかと、どうしたらいいのだろうかと不安な気持ちがいっぱいになっていた。
ともかくこれが目的なのだとしたら早く謝らなければいけない。
「あの、恵さん。今更で申し訳ないですが、保育園でのしっぽ取りで大輝くんに怪我をさせてしまったようですみませんでした」
会話を遮って突然謝罪した俺に恵さんは驚いた様子であったが、すぐ笑顔に戻った。
「謝ることじゃないわ。子どもの遊びで起こったことだし、咲ちゃんがわざとやったわけじゃないってことは先生から聞いていますから」
あれ?思っていた反応と全然違うな……。これって俺の勘違いだったりするのか?
「あの、怒っていないんですか?今日はこのことで俺を呼び出したのでは?」
「へ?ちょ、ちょっと何言ってるのよ!そんな訳ないじゃない!今日はただお茶するだけよ?それに徹くんに言われるまでそんなこと忘れてたわよ」
なるほど、俺の勘違いか。よかった。これが勘違いではなかったら俺にはどうしたらいいのか分からなかった。
「そんな不安そうな顔しないで!本当に大丈夫だから、ね?」
「分かりました。そう言って頂けると助かります」
今回は何もなくこのように終わることになったが、こういった小さな事でも幼い子どものことであれば大きな問題になることもあると先生が言っていた。これからは気をつけていかないとな。
「徹くんはしっかりしているのね!」
恵さんはそんな言葉をかけてくれたが俺はそうだとはあまり思わない。
「そんなことないですよ」
「そこはありがとうございますって言っておけばいいのよ!」
それからは俺も心置きなく二人の会話に参加して何でもないくだらない話で盛り上がった。
そしてあっという間に2時間が経ち、お昼だということでそれぞれメニューを見て注文をしお昼ご飯を食べた。
食後デザートを食べている時に、はっと思い出したように文香さんが突然話を始めた。
「そうよ!この話をしたかったのに忘れてたわ!あのね、雄二さんが休暇を取れることになってキャンプに行こうかって話をしてるんだけど一緒に行かない?」
「日にちにもよるけど行けるなら是非ご一緒したいわ!」
「徹くんはどう?」
聞かれなくとも答えは決まっている。
「是非ご一緒させてください」
「決まりね!詳しくはまた連絡するからね」
とても有り難い話だ。咲をどこかに連れて行こうにも実際俺だけでは大した所には連れて行くことができない。だから今回の誘いは遠慮なく乗らせてもらった。あかりちゃんや大輝くんも一緒となれば咲が大喜びなのは間違いない。
俺は雄二さんと文香さんに感謝をして、食後のデザートを食べ終えた。
お茶会は想像していたような恐いものではなくてよかったが、勘違いにより一時はどうなるかと不安でいっぱいになっていた。
しかし結果として初めてのママ友とのお茶会は無事に終了したことに俺はホッとするのだった。
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