第19話 頼れる先生

 体育での出来事が起こってから一週間ほど経った。


 真実は一体どこへいったのやら、クラス内でも少し変わっていたがそれは噂によってどんどん姿を変えていき今では別人になって俺のところへ戻ってきた。


『東野徹はヤクザと繋がっていて、スポーツ科と情報処理学科の不良たちを脅して裏で金を渡してクラスメイトをボコボコにしようとした』


『普段からクラスメイトに悪口を言われてうんざりしていたからっていう理由だけで見せしめにクラスの男子数人を吊るしあげようとした』


『スポーツ科の奴らに飲み物を奢らされたって話はクラスの男子の優しさから作られたもので、実際は東野が男子の財布から金を盗んだというのが真実』


 こんな話が英才科と普通科の集まる左側の校舎中に広まっているようだ。他の校舎にまで広がっているのかまでは知らないし興味もない。


 どれも笑ってしまうほどめちゃくちゃな話ばかりだった。正直何を言われようと気にならないが、どうしたらこんな話になるのかは逆に気になる。

 それに噂というのは明確なものではないはずなのに広まっている話はどれも断定的で、三つ目に関しては真実とまで言われている。それが真実だとしたら俺はとっくにお縄についてるよ。


 ということで俺は今職員室に呼ばれて奥の個室で担任の先生と話をしている。


「すまんな。あんなくだらない話を本気にする先生がいるもんだから徹から直接聞かなきゃいけなくなっちまった」


 椅子の背もたれに寄りかかり頭をかきながら申し訳なさそうに言うが、先生の表情からは苛立ちが見てとれた。


「それであの噂は嘘なんだろ?」


「はい」


「よし、終わり」


 先生は噂についての話を二言で終わらせ話題を変えて話を続けた。


「入学して4ヶ月くらいになるか。生活にはもう慣れたか?」


 先生は入学した時に俺を呼び出し、家の事情や咲のこと、生活リズムなど細かいところまで聞いて俺が無理のない生活を送れるように色々提案してくれた。本来先生が一個人を特別扱いすることはいけないはずなのだが、まだ高校生で身寄りのない俺には頼れる大人が近くにいないと何かあった時に困るだろということで気にかけてくれた。そしてこうして度々心配してくれるのだ。

 きっと俺のことをちゃんと知ってくれているから噂話の件もあれで済んだのだろう。


「はい。遅刻ギリギリなこと以外は大丈夫そうです」


「入学当初に比べたらマシな方だ」


「そうですね」


 目の前でゲラゲラと笑っている先生の言う通り、入学当初は今と比べ物にならないほどひどかった。

 当たり前だと思うがまだ三歳になったばかりの咲は言うことは聞かず、わがままばかりだった。何を言ってもやだと言うだけで、よくお母さんと叫んで泣いていた。そんな咲を保育園に連れて行くのはとても大変で、やっと保育園に着いたと思えば俺から中々離れてくれなくて結局一限に間に合わないことが多かった。


 しかし今の咲は俺だけでなく周りも驚くほどいい子でいてくれている。わがままもほとんど言わず、泣くこともあまりなくなった。俺はこの咲の成長を喜ばしく思うとともに、どこか無理をさせていて仕方なくこういう風になってしまったのではないか、ものすごく我慢させているんじゃないかとも思う。

 もっと俺が咲のためにしてあげられていたらと自分を責めたくなることもある。


「あんまり考えすぎるなよ?」


 表情に出ていたのか、先生からそんな言葉がかけられる。


「徹はよくやってる。中学の頃から一人で妹の面倒見てきたんだろ?俺は高校に入ってからのお前しか知らないが、今を見ていれば分かる。お前は時間のある限り妹に尽くしてるじゃねーか。自信を持て」


「ありがとうございます」


 全てを見透かされているようで変な感じがするが事情を詳しく知っている先生からこういう風に言ってもらえるというのは嬉しくもあり、とても励みになる。この言葉のお陰で俺は自分自身に自信を持って大丈夫だと言える。


「ただな、少しくらいは自分のこと優先してもいいんじゃねーか? 今しかできないことだってあるだろ?」


「俺にとっては妹を中心に生活することが今しかできないことなんですよ。それに俺は中学の時にやりたいことはやりましたから」


 俺は両親が中学の時まで生きていたので十分にやりたいことをさせてもらっていた。だから今度は俺が両親の代わりに咲に好きなことをさせてあげなければいけないと思っている。


「もし入学してすぐにあった宿泊学習に参加していれば少しはクラスの奴らと仲良くなれたんじゃないのか?」


「参加できなかった理由を先生は知っているじゃないですか。それに参加していたとしてもあいつらとは仲良くなれませんよ」


 あの時咲は両親だけでなく俺までいなくなるんじゃないかと思い、絶対に離れたくないと泣き喚いてしまったので宿泊学習に参加できなかった。

 咲はまだ幼く、両親が亡くなったことをはっきりとわかっていない状況だ。仕事に行っていると嘘をついているが、それでも俺がいないと一人になってしまうと分かっているから泣いてしまうのだろう。


 それに仮に参加していたとしても俺は今と変わらず一人でいただろうし、何よりあんな奴らと仲良くするなんてあり得ない。


「……そうか」


 思い悩んだような表情をした先生はそう呟くとすぐに切り替えて俺を真っ直ぐに見た。


「もし何かあった時はちゃんと頼れよ。それじゃあ話は終わりだ。噂のことは気にするなよ。まぁ徹のことだから気にしてないと思うけどな」


 先生はそう言って立ち上がると俺に任せとけと一言残して部屋を出て行った。

 俺はこの先生に出会えてよかったと心から思っている。


 そして数日後、校舎内で俺に関する噂をパッタリと聞かなくなった。

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