いつも通りの仕事

 「君、こんな時間に何しているんだ? 」


 都を見回る衛兵が、壁にうずくまる少年に声をかけた。

 少年は衛兵に向き直るが顔はうずくまったまま。

 上級貴族の子息が着る様な服に身を包む年端も行かぬ少年。

 この時間には歪なその少年に衛兵は心配せずにはいられなかった。


 「 …… 」

 「黙ってないで。名前を言いなさい、送ってあげよう」

 「……アレフ」

 「すまない。どこのアレフ君かな? 」

 「 『キツネの子』 のアレフだよ」

 「——え?」

 

 漆黒と水色と白で出来た版画の世界。

 街灯は魔力で青白く輝き闇に溺れる建物が余計に際立つ。

 広大な王都の中で王宮のみが白く浮き彫りとなり、まるで幾重の海の上に漂う方舟の様だ。

 貴族街の闇に花が咲いた。

 綺麗な朱色の大きな花だ。

 花の麓には裸の男が一つ転がった。


 「しけてんなぁ。こいつ 」

 男から剥ぎ取ったであろう服のポケットを物色しながらカイは舌打ちをした。


 「こんな時間に仕事している奴なんかに何期待してんだよ」

 「期待はしてないさ。 ただ白馬の王子様かもって思っただけだぜ」

 「ばぁか、それを期待って言うんだよ」


 そう言いながらアレフは男の胸元へ耳を押し当てる。

 鼓動は弱いが十分だ。次に腰に下げた手帳を開き1ページ破る。

 それを男の傷口へ押し当てて両手を添えた。

 途端、紙に描かれた模様が淡く緑色と光り、傷口をジグザグと巡る。

巡った跡が個体へと凝固し糸状になり傷口は固定された。

 

 「それも持ってく? 」


 物色し終えたのか、持っている服を腰に括った袋へ突っ込み男を見下ろしながらカイは尋ねた。


 「あぁ、足りないと困るからね」

 「今日は何人だっけ? 」

 「四人だよ」

 「ふぅん。 まぁ足りたら売ればいっかなぁ」


 哀れな男を服と同じ様に袋へ突っ込みカイは腰のナイフを抜く。

 30cmばかりの丹念に手入れされた刃が街灯によってキラキラと輝く。


 「じゃあ、いっちょやっちゃるかぁ。いつも通りで良いんだろ? 」

 「あぁ、俺が防犯魔法を無力化して回る、カイが人も金目の物も全て頂く、あらかた終われば大広間で最後の仕事、 いつも通りうまくやろうぜ 」

 「OKだ。いつも通りな」


 アレフはゆったりと袋から鉛筆とスクロールを取り出し拡げる。

 スクロールには陣が描かれている。

 1箇所切れた円で括られた文字と図形が描かれている。

 男の血が滴る壁に張り付け、先ほどの鉛筆で円を繋げた。

 街灯と同じ水色にスクロールは発光する。

 光は建物を覆い全ての輪郭をなぞり終えると馴染む様に消えた。

 次に腰の手帳から一ページ破り壁へあてがう。

 紙片に描かれた幾何学模様に両手を添える。

 緑の閃光が踊る様に模様を巡って消える。

 ただ光っただけ、の様に見えた。

 それで良かったのだろうアレフは紙切れを袋へ無造作に押し込みながら、ニヤリとカイヘ笑いかけた。


 「さぁ、いつも通りだ」


 アレフが先程紙を充てがった壁へ向かって一歩踏み込んだ。

 不思議な事にアレフが消えた。

 カイも同じく不思議と消える。

 消えたのではない入っただけだった。

 建物の中から見ると壁には穴が開けられていたのだった。

 地面には元壁だったと自称する様にまだ険の残る砂が血と混ざり山となっていた。


 建物に入った『キツネの子』は活動に移した。

 外からは平常に静寂に深淵に埋もれている様に建物は視える。

 実際は喧騒の渦中となった。

 スクロールを水色に次々と光らせ警備魔法の類を無効化させるアレフ。

 片っ端から調度品を袋へ突っ込んでゆくカイ。

 館の住人は異変に気付いたのかボツボツと奥の方から光が灯る。

 二人は縦横無尽に駆けて廻る、狐が畑を荒らす様に。

 時折住人と出くわすも速度は変えぬ、ただ斬り伏せて袋の中へ。



▲▲▲

 「あとどれくらい? 」


 小一時間程経ったか経たない内に、粗方終えたカイは大広間で足を放り出し床を這うアレフに問うた。

 何も無い大広間、元は絨毯が敷かれていたのだろうか、今ではむき出しとなった床に幾何学模様の陣を描くアレフは手も目も留めず『あと少し』と反射的に返す。

 最後の円を書き終えアレフは腰伸ばしながら最後の確認をした。

 

 「じゃあ、円の中に入れてって」


 陣には四方にそれぞれ小さな円が書かれていた。

 アレフとカイは袋から捕獲した住人を円の中に一人づつ置いてゆく。

 住人達は意識も無くグッタリと円に据えられてゆく。

 最後の一人を円に据えたカイは陣から離れ壁にもたれ掛かった。


 「結局余っちゃったな。まぁいいや、ちゃっちゃと終わらせようぜ」


 アレフは両手を陣に充てがった。

 陣が緑色に光る。

 光は陣を這い四方の円まで到達した。

 光は人を包み鮮やかな赤色に変わり、陣の中心へと集まり凝縮された様に色は赤黒く段々と深まる。

 最後に血が凝固した様なおどろおどろしい色となり床の中へ沈んで消えた。

 輝くのを止めた陣からは据えられた住人達は消えていた。

 カイはもたれかかっていた壁から身を離し遊び疲れた子供の様に無邪気な声を空虚な空間に響かせた。


「さぁ終わった。帰ろうぜ」

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