これからは少し前向きに

(どうしてこうなってしまったんでしょう……)


 王室御用達の馬車の中。

 馬車からは、ゆったりと景色が流れていくのが見えます。

 このまま国外追放されるというのに、空はどこまでものどかな晴れ模様。


 レオナルドとふたりっきりにされてしまい、私はどうしたものかと悩んでいました。

 ガタゴトと揺れる馬車の中、互いを気遣うような静かな沈黙が横たわります。



「レオナルドは、本当にこれで良かったんですか?」


 おずおずと自らの従者に話しかけます。

 外の景色を眺めていたレオナルドは、ゆっくりとこちらに視線を向け、


「それは何に対して?」


 心底不思議そうに首を傾げました。



「レオナルドには、これまで十分すぎるぐらいに助けられて来ました。

 その結果が国外追放なんて――本当にごめんなさい」


 すべては私が不甲斐無いせい。

 正義感の強いレオナルドは、護衛としての使命感から止めに入ったのでしょう。

 その結果が国外追放これ


 落ちぶれるならひとりで落ちぶれろと、罵られても当たり前です。

 あまりの申し訳なさに、縮こまる私に



「ミリアお嬢様は、何も悪くありません。

 今回のこともフェルノー王子の腹いせでしょう」


「そうかもしれないですけど……。

 私のせいで――レオナルドがこんな目に遭わされるのは、やっぱり悔しいです」


 私の言葉を聞いて、レオナルドは呆れたようにため息をつきました。



「こんな状況で、他人の心配ばかり。

 少しは自分のことを――自分が幸せになることも考えてくださいよ」


(自分の幸せのために……ですか)



 すっかり忘れてしまった感情でした。

 幸せ、誰もが求める当たり前の欲求。

 それを諦めてしまったのは、いつからだったでしょうか。



「……私のことなんて、もう忘れて下さい。

 あなたにだけは、幸せになって欲しいんです」


「そういうことなら。

 僕はなおさら、聖女様の傍を離れるわけにはいきませんね」

「どうして……?」


 これまでの主従関係も、『聖女』という肩書きがあってこそ。

 これ以上私のそばにいても、何も得られる物なんて何もないのに。



「簡単なことです」


 私から目線を逸らすことなく。

 レオナルドはぽかんとする私にこう告げました。




「ぼくの一番の幸せは、聖女様に仕えることですから」


 ええっと……?

 こてん、と私は首をかしげて



「この国を守る聖女様に仕えたい、というのなら。

 レイニーさまの護衛の枠は、まだ空いているんじゃないですか?」


 その言葉に、レオナルドはあからさまにムスッとした表情を浮かべました。


「何であの性悪のために、ボクが剣を振るわないといけないんですか。

 打診は来ましたよ? もちろん断りましたけど」

「な、なんて勿体ないことを……」



 事もなげに話したレオナルドに、私は驚きを隠せません。


 聖女といっても所詮は平民。

 平民の護衛なんて役割は、貴族のプライドが許さず誰も引き受けてくれる者はいませんでした。

 そんな私と違って、新たに聖女となるレイニーは国中から歓迎されています。

 護衛を任せられるたなら、最高の名誉でしょうに。



「ぼくが忠誠を捧げるのは、聖女さまでも他の誰でもない。

 ――ミリアお嬢様だけです」


 驚く私を見て、レオナルドの方も驚いたようで。

 改めて彼の口から、忠誠の言葉が紡がれます。

 こちらを見つめる藍色の瞳に見つめられて


「……あ、ありがとう」


 私に返せたのは、そんな情けない感謝の言葉だけでした。

 そんな言葉ひとつにも、レオナルドは嬉しそうに柔らかい笑みを浮かべて。



 本当のことを言うと、私にそこまでの価値があるとは思えません。

 だとしてもこれ以上の否定は、追放先にまで着いてきてくれた彼に失礼です。

 

 

 国外追放を言い渡された時は、孤独な未来が待っていると思っていました。



(そんなことはありませんでした)


 王国時代からの唯一の味方は、私を見放すことはなかったのです。

 たとえ結界のない過酷な環境に放り出されたとしても。

 レオナルドと一緒なら、これからは少し前向きに生きていける気がします。

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