人形聖女は笑わない~感情を失うまで虐げられた聖女が、ささやかな幸せを見つけるまで~
アトハ
いつか認めて貰えると信じてた
「聖女・ミリア。
貴様との婚約を破棄し、新たな聖女・レイニーを我が妻とする!」
パーティー会場には「本日は重要な発表がある」と多くの人が集められていました。
多くの人の注目を集める中。
私――ミリアは、突如として第一王子・フェルノーにより婚約破棄を突きつけられました。
「はい、かしこまりました」
この国では、聖女と王子が結婚することが法律で決められていました。
私は辺境の村で生まれ育った、ただの平民です。
プライドの塊のようなフェルノー王子は、身分の低い私をひどく邪魔に思っているようでした。
もともと互いに、何の恋愛感情もなかった婚約関係です。
何も思うところはありませんでした。
それだけでなく。
(貴族様の言うことには、決して逆らってはいけない)
どのような扱いをされても従順に。
それが王都に連れてこられて6年かけて、私が身につけた処世術でした。
この国の貴族は、平民を家畜程度にしか思っていません。
いくら聖女の力で国を守っても、彼らが私を認めることは決してありませんでした。
「何が『かしこまりました』だ。
このままだと貴様は、結界の外に追放だぞ?
もっと何か言ったらどうだ!」
私の答えが気に喰わなかったのでしょう。
私を脅すように、フェルノー王子は国外追放をちらつかせます。
国外追放――それは結界の外への追放刑。
結界の外には悪しき魔物が徘徊しており、人間が住める場所ではないと言われています。
「ごめんなさい」
王子の望みが、私には分かりませんでした。
ただ従順であることを、望まれて来ましたから。
「国外追放されて魔物の餌。
役立たずの人形聖女には、お似合いの最後じゃない?」
王子の隣に立つ女性――レイニーが、私を嘲るようにそう言いました。
肩口の開いた豪華なドレスに身を包む彼女は、その存在感であっという間に会場内の空気を自らの物とします。
人形聖女――それは私の蔑称でした。
何を言われても表情1つ変えずに、淡々と自らの責務を果たす者。
そうなるよう私に
「平民のくせに、聖女として崇められて。
これまで、さぞかし気持ちの良い生活を送ってこられたことでしょう?
それももう終わりですわね」
レイニーは私を見下し、ひどく楽しそうな表情を浮かべます。
平民である私が、奪うように王子の婚約者という座についたからでしょう。
国に連れて来られてからというもの、伯爵令嬢であるレイニーにはひどく嫌われていました。
(これぐらい、いつものことよ)
黙って耐える私に、数々の視線が私に突き刺さります。
「王子の隣は、レイニー様がふさわしいです」
「ご覧になってください。
お可哀そうに。これからの未来を想像して震えてますわよ」
レイニーの取り巻きも、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべています。
私が言い返せないことを分かっているのでしょう。
人間は自分より弱い生き物に、どこまでも残酷になれる生き物なのです。
(何がそんなに楽しいの。
私、これまで国のために頑張ってきたよ?)
聖女の役割は、国を守護すること。
魔物の侵入を防ぐための結界を維持し、あらゆる生命の繁栄を祈願すること。
国の結界を維持するための、過酷すぎる日々の職務を思い出します。
休む間もなく祈りを捧げて、体調を崩すことなど日常茶飯事でした。
完璧な聖女像を求められて――薬で体調を整えながら、無理やり儀式をやり遂げたことも数え切れません。
フラフラになってやり遂げても、褒めてくれる者は誰もいませんでした。
(……最初は、期待に応えようと頑張った。
聖女としての勤めを果たせば、いつか認めて貰えると信じてたから。
そんなの、この国では幻想だった――)
毎日のように繰り返される嫌がらせ。
私が泣き叫べば、面白がるように嫌がらせはエスカレートしました。
抵抗しようものなら「平民のくせに生意気だ」と、私が罰せられました。
理不尽でもこの国ではそれが当たり前。
(この国で、私が認められることはない)
貴族が絶対的な権力を持つこの国で、平民の私がどれだけ聖女として勤めを果たしても。
それが報われる日は決して来ない。
故郷の村を売られて国勤めとなって6年。
長い積み重ねの果てに、静かな諦観が私の心を支配していくのでした。
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