第20話 ブルーの憂鬱3

「ブルーを出しなさい」




 今回の相手は最悪だった。この前の怪人に加えてもう二人怪人がいて、そのうちの一人はどうやら幹部のキメラだ。前回と同じ場所で怪人達が暴れ回っている。




「総合戦闘力が違いすぎる。弱そうなやつから各個撃破するよ」




 玲奈が指示を出す。それが今回の最善策だろう。




「ようやく来たわね、シールド戦隊。シルバー、ゴールド。ブルー以外と戦いなさい。私がブルーを見てあげる」




 さすがに幹部は頭が良い。こちらが思うようにはならなさそうだ。




「相手の思い通りにはさせない。ブルーはシールドガンで後方支援に徹して。各自、シルバーと思わしき怪人に総攻撃」


「「「「ラジャ」」」」


「わしも援護する。シールドレッドバードで援護射撃じゃ」




 犬塚さんだ。声と共にシールドレッドバードからの援護射撃が飛んでくる。




「ちっ、こしゃくな」




 キメラが雷のようなエネルギーを空に飛ばす。しかしシールドレッドバードには当たらなかったようだ。その間にシールドガンや技を駆使して敵をバラバラにすることに成功する。シルバーに戦隊四人が襲いかかり、俺はゴールドを近づけさせないように威嚇する。キメラはシールドレッドバードに夢中であり、上手くいっていると思った。




「そろそろだね」




 ゴールドとの応戦中、キメラの方からそんな言葉が聞こえてきた。と、一瞬様子を確かめると、まずい、キメラがシールドレッドバードへの攻撃をやめ、こちらを見ていた。最悪の位置だった。皆と離れており、ゴールドとキメラに挟まれている格好だ。キメラがダッと近付いてきた。しかしゴールドも突っ込んできており両方に対応出来ない。




「私が直接見てあげる」




 キメラにぐっと首を掴まれて、そのまま壁に押し当てられた。あまりの衝撃で変身が解けてしまう。




(まずい。少し休息が取れたから二、三分は持つが、それを越えるとまた発作が・・・・・・)


「は・な・せ」


「お黙り」




 俺が呻くともう一度壁に叩きつけられる。くそっ。




「ほーう、これは逸材だねぇー。あんたなら幹部になれるよ」




 俺の身体の中をなぞるような言葉だった。体中がぞわぞわする。




「いいこと教えてあげる。幹部以上の変化をする人間には、変化の際に一つだけ心から願う願いが叶うのよ。なーんでも叶うわ。なーんでもよ」




 身体の奥がくすぐられているような感覚だ。そしてどこか言葉が心地良い。全てを彼女に委ねてしまってもいいような、そんな感じだ。ダメだ、そんなの。俺は全身の力を込めてスーツのスイッチを押す。




 スーツに包まれる一瞬、キメラが反射的に手を放す。俺は苦しかった息を整える。と、すぐに今度は抱きつかれた。悪寒が走る。




「逃がさないわよ。私の目を見なさい」




 命令されて、反射的に見てしまう。すると、そこから目を逸らせなくなる。キメラが不敵な笑いを浮かべた。




「絶望とキッス」




 そしてキスされる。スーツ越しなのにやけにリアルな感触だった。柔らかく、長いキッス。唇に温かさを感じる。いや、温かいものが流れている。いいや、流れ出している。吸われている。何かが。とても心地良い何かが溢れ、流れて、吸われている。心地が良いので変に抵抗出来ない。いや、しようと思えない。力が抜けていく・・・・・・。


ありったけの温かみを吸われて、俺は膝をつき、倒れた。




「ごちそうさまー。私を求めなさい。そして怪人になりなさい。そうすればあなたは私のげ・ぼ・く。アッハハハハハ、アッハハハハハハハ」




 キメラが高笑いを上げている。近くにいるが遠くで聞こえる。




「あとはお前らでやりなさい」




 そう言ってキメラは異空間の中に消えていった。最後に一言残して。




「待ってるわ。ダーリン」




 俺は意識を無くして、精神世界を彷徨った。






 暗い。目を開けると暗い空間の中にいた。体中の生気が抜かれてしまったのがわかる。あるのは深い闇と絶望感のみだ。苦しい、死にたい、寂しい、辛い・・・・・・。そういう気持ちしか湧かなかった。




「こっちよ」




 甘く、優しい声がする。とても心地良い響きだ。声の方を見ると、キメラがそこにいた。優しい笑顔で手招いている。




「こっち」




 全てを委ねたくなる心地だ。先ほどの柔らかいキッスを思い出す。あれはとても心地良かった。またあのキスをして欲しい。キメラが欲しい。そんな気分になる。キメラに手招かれるまま、俺はそっちへ行った。


 苦しい、死にたい、寂しい、辛い・・・・・・。そんな気持ちが行けば行くほど強くなる。同時に彼女を、キメラを求める気持ちも強くなっていった。いつしか俺は走っていた。




「私が癒やしてあげる」




 ああ、そうしてくれ。そうして欲しい。貴女は俺の女神様だ。




「守人、しっかりして」




 と、突然玲奈の声が聞こえた。足が止まる。




「守人、しっかりするんだ」


「守人しっかりしろ」


「守人死んじゃダメ」




 あれは帯人に、達彦に、星那だ。みんな、俺を呼んでいる。声がどこから来るのかを探してみる。今向かっているのとは逆の方だ。しかし何も見えない。そこには何も無い。いや、むしろ絶望がある。絶望が重くのしかかってきて、苦しかった。




「こっちよ」




 キメラが呼んでいる。こちらはとても心地良い響きだ。キメラの方へとまた一歩進んだ。




「守人、帰ってこい」


「守人、貴女の題目は勇気よ。さあ、勇気を出して」


「守人、お前の勇気は天下一品だ」


「守人、勇気って叫んで」




 帯人、玲奈、達彦、星那がまた話しかけてくる。俺はまた振り返った。しかしそこにはやはり何も無い。勇気、勇気、勇気。それがなんだというのか。今はそれよりも欲しいものがそこにある。




「さあ、おいで」




 キメラが手を広げて迎えてくれている。




「「「「守人」」」」




 キメラの方へ行くとどうしても声に呼び止められてしまう。一体何だというのだ。




「勇気・・・・・・」




 何も無い空間に向かってポツリと呟いてみた。すると、得も言われぬ力が湧き起こる気がした。しかしそれは一瞬だった。




「今のは一体」


「私が癒やしてあげる」




 すると、耳元でキメラの息づかいが聞こえてきた。振り返ると、目と鼻の先にキメラがいる。やっとキメラが手に入る。




「「「「守人、そうだ、勇気だ」」」」




 ああ、もう、うるさい。言えば良いのだろう。言えば。




「勇気」




 半ば投げやりに、しかし力強く言う。すると、先ほど流れた得も言われぬ力が今度は強く駆け巡ってきた。




「そうだ、もっと力強く」


「守人、もう一度、お願い」


「まずい、怪人が来た」


「邪魔するなぁー、わぁ」




 何やら声の向こうの方ではすごいことになっているようだ。すごいこと・・・・・・。そうだ、俺は怪人と戦っていたんだ。そして今帯人がやられたらしい。助けに行かなければ。


 と、一歩踏み出してみるがとてつもない絶望の重圧に邪魔される。苦しい、死にたい、寂しい、辛い・・・・・・。それ以上動けない。




「こっち」




 キメラの甘い、居心地の良い声がする。しかし振り向いてはダメだ。俺は行くんだ。




「うわぁー、やめろ帯人」


「あわわわわ、攻撃しないで」


「いい。守人。こっちは何とかするから、あなたは帰ってくることに専念して。あなたの題目は勇気よ」




 勇気・・・・・・。そうだ。スーツと共に贈られてきた言葉だ。任せてばっかはいられない。今こそ勇気を振り絞る時なんだ。




「勇気、勇気、勇気・・・・・・」




 一言言うたびに力が湧いてくる。皆のところへ帰るんだ。俺も皆と戦うんだ。守られるだけじゃない。守るんだ。それが俺、守人だ。




「勇気、勇気、勇気・・・・・・」




 少しずつ強く、強く唱える。少しずつ大きく、大きく唱える。




「勇気一〇〇〇%だ」




 ありったけの力で叫んだ。力がみるみる湧き上がってくる。これならいける。俺は、重圧をはねのけて、走って行った。


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