第6話 シールドピンクが生まれる時2

〔 ご依頼書


  突然お手紙差し上げます。失礼をお許し下さい。時下ますますご健勝のこととお慶び申し上げます。まず、用件を申し上げる前に、自分の身の上を明かしたいと思います。私、シールドガードの管理人を務めさせて頂いている、犬塚一護と申します。以後、お見知りおきを、いえ、お聞き知りおきをお願いします〕




 シールドガードと言えば、確か新設された怪人対策の機関だ。その機関がいったい私に何の用なのだろうか。私に、ではなくみんなに配られている注意喚起みたいなものだろうか。




〔 さて、昨今は怪人の出現により、社会は混乱を極めております。平穏な日々が犯されている状況には芳しくないものと思います。月城様もご存じかと思われますが、もうじき政府と怪人の間で「日怪和親条約」を結ぶための取り組みが現在進行中であります〕




 日怪和親条約。今、テレビで話題となっている政府の施策だ。ネット上でも大変な物議を醸し出している。政府による怪人への和解交渉だ。大まかな話では怪人に自治区を設けようという話みたいだ。やはり注意喚起の類い・・・・・・ではないか。文面の途中に月城という個人名がある。全体に配るにはいささか面倒な書き方だ。




〔 さて、ここからは極秘事項なのですが、実はシールドガードではこの和親条約の不成立を予見し、対策を講じています。実は我がシールドガードでは怪人対策用パワードスーツの作成に成功しました。しかし、このパワードスーツは誰でも扱えるものではなく、適性がある代物です。今回、調査の結果、その適性の該当者に月城玲奈様が当てはまりました。よろしくどうぞ怪人の殲滅にご協力下さい〕




 パワードスーツの該当者。そんな、私が・・・・・・。




〔 また、スーツの機器に関しましては、最終調整の後、送らせて頂きます。日怪和親条約には間に合うように手配しますので、お心準備のほど宜しくお願いいたします。委細後便にて〕




 心の準備って言われても・・・・・・。私は色々考えた。確かに昔から運動の成績は良かった気がするが、いざ戦闘となると話が別である。人を殴ったことなどないし、殴りたくもない。勿論今回は人ではなく怪人ではあるが、殴るという意味ではあまり変わらない。怪人も人型のようであるし・・・・・・。




「どうしたの。浮かない顔をして」




 幸治とのデート中に指摘される。




「いや、実は・・・・・・」




 言いかけて口を噤む。そうだ、極秘事項だった。




「うん。何」




 しかし言いかけてしまった。何か代わりの相談しないと。




「実は私ピーマン苦手で、どうやったら克服出来るのかなと」




 何を相談しているんだ、私は。




「ピーマン。あれ苦いよね。俺は好きだけど」




 真面目に相談に乗られてしまう。まあ、いいのか。




「うん。結構料理に入ってるでしょ。まあ食べれはするけど苦手で」


「もしかしてゴーヤーとか苦いもの全体苦手」


「ああ、うん。ゴーヤーも苦手」


「ああー、じゃあ今度そういう系の美味しい料理屋行こうよ。食べれはするんだよね。たぶん美味しいもの食べれば感覚変わると思う。もちろん、無理はしなくて良いから」


「ありがとう」




 私もだいぶ自分を曝け出せるようになってきた。幸治もだいぶ自分らしくしゃべれている。だいぶ手間をとらせてしまったなと思うし、感謝している。幸治のことは大好きだ。


 スーツを着るようになっても今のままで居られるだろうか・・・・・・。ふと、考えた。


 後日、和親会議の朝、スーツは届いた。この日は約束の料理屋に行く日でもあった。




〔 納品と説明


 前略。久方の日々ご健勝のほどいかがでしょうか。ご無沙汰しております。以前より申し上げていた。スーツの機器をお送りしております。さて、つきましてはスーツの説明をさせて頂きます。パワードスーツにはそれぞれ題目となる言葉が存在し、月城玲奈様の題目は愛となっております。戦いの際、愛という言葉を発して下さい。スーツの力が最大限発揮されます〕




 愛・・・・・・。この私が・・・・・・。




〔 またスーツには調整が必要であり、以後住まいを勝手ながらシールドガード内にさせて頂くことをお許し下さい。所在は極秘になるため、知り合いなどにお伝えせぬようにお願いします。具体的な機器の説明に入りますーー〕




 住まいが変わる・・・・・・。幸治に会えない・・・・・・。


 急に宣言された自分の宿運に私は混乱を隠せなかった。仕事として人命救助を行うということ。とすると今の仕事は辞めるということ。今日から住まいが変わるという言い草だけど、仕事を辞める手続きは。引っ越しの手続きは。幸治とは今日が最後なの・・・・・・。


 人々が襲われて、私には助ける力があって、放ってはおけなくて。・・・・・・それはわかる。あの手紙が来てから今日までの間に戦士になる覚悟は出来ていた。出来ている。


 そう、私はあれから私なりにシールドガードのことや怪人について色々調べた。怪人の被害についても。今は自衛隊が抑えてくれているけど。怪人の力は恐ろしく、太刀打ち出来ないこともしばしばあるそうで。そうなると大規模な破壊が行われた。動画なんかを見ると女子どもを容赦なく殺す怪人たちがいて、その様は見るに堪えなかった。だから私は私で力になれるならなってもいい。そう思った。でも・・・・・・。


 幸治を連れていくことは出来ないだろうか。結婚という体裁が必要なら幸治とならしてもいい。秘密機関だって人手は必要だろうし、家族まで離れ離れにする権利は持ってないはずだ。


 幸治と結婚しよう。


 そう思って、化粧と服装に気合いを入れた。




「今日は一段と気合い入ってるね」


「う、うん」




 気合いを入れたのは良いが、いざ、幸治を目の前にすると緊張する。今日の今日思いついたことだ。指輪なんかも用意していない。そもそもプロポーズの言葉とはどういうものなのだろう。




青椒肉絲ちんじゃおろーすーほいこーろーお願いします」




 幸治が選んだのはTV等でも紹介される有名中華店だった。ピーマンが入っている料理を頼む。こういう場所でプロポーズというのもそもそも良いのだろうか。




「下見に来たんだけど、両方ともピーマンの臭みも苦みも少なくて美味しかったよ」




 幸治が教えてくれる。が、私はそれどころでない。




「う、うん」


「なんか今日は昔の玲奈みたい。いや、微妙に違うけど。よしわかった。幸治さんに任せなさい」




 そう言って幸治は息を吸う。




「ふとんがふっとんだ。お前に傘なんか貸さないからな。カメラ忘れてちからメラ。ん、最後のはギャグになってなかった」


 キラーンと明るい幸治が出てくる。




「ご、ごめん。ちょっとトイレ行ってくる」




 私は小走りでトイレに行った。何やってんだ私は。プロポーズするつもりが幸治に心配ばかりかけて。何にも幸治のためになること出来ていない。何にも・・・・・・。


 考えてみればそうだ。私は幸治に頼ってばかりで幸治に頼られるようなことはなかった。幸治のためにしてあげられることなんかないのに、結婚なんて馬鹿げてる・・・・・・。


 私には幸治の側にいる資格はないのかもしれない。


 気付いてしまった。気付きたくないことに。気付けてしまった。私は涙が隠せなかった。


 少し落ち着いてからトイレを出ると、幸治がトイレの前をウロウロしていた。トイレだろうか。




「あっ、玲奈。ほら早く。料理冷めちゃうよ」




 どうやらトイレではなかったらしい。そうか、また心配かけちゃったのか。




「あっ、うん。ごめん。すぐ行く」




 私は幸治の手を引いて席に戻る。幸治の温もりが心地良かった。




「話したいことがあるの」




 私は席に着くと食べ物に手をつける前に話を切り出した。




「何」




 真剣な私の面持ちに、彼は不安そうな表情になる。


 そして、やつらが襲ってきた。




「ハールハルハルハルー」




 怪人が店に入ってきて、中の人を襲っている。咄嗟に私は私にでも幸治に出来ることを思いついた。




「机の下に隠れて」




 今日は日怪和親条約の日。機器はちゃんと持ってきている。




「えっ、えっ」


「早く」




 混乱する幸治を無理矢理押し込める。




「あっ、うん」




 そして言う。




「これ以上付き合うことは出来ないの」


「えっ」




 幸治は顔だけ出して私を見る。




「さようなら」




 私は幸治に背中を向けて、機器のボタンを押した。身体がスーツに包まれていくのがわかる。愛の称号を持つこのスーツの色はピンクだ。




「シールドピンク参上。愛のためみんなのために、いざ」




 私は黒い集団に突っ込んだ。振り返ることはせずに。つづく。

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