第21話 趣味です

「はあ、大学の先生なんですか。そうですね。私が小さい頃に聞いた話でもいいんですか。あ、コーヒー、飲んでください」

「いただきます。むしろそういう昔の話がいいんですよ」

「そうなんですか。でも、そっちの人は刑事さんですよね」

「今は無視してください」

「はあ」

 さらっと無視しろと言っちゃう優弥に呆れるが、三輪も長谷川もどうぞどうぞとばかりにコーヒーを飲み始める。だから、理土もウインナーコーヒーに口を付けた。ほどよい甘さで、店の雰囲気とは違って非常に美味しい。

 蘭子のメロンソーダーは上に赤いチェリーが載っていて昭和感たっぷりだが、笑顔で飲んでいるところを見ると、どうやら美味しいようだ。

「私が聞いたのは、この裏側のお山には神さんがいて、一人でうろうろしている子どもを攫って行ってしまうんだってものですなあ。特に夕方から夜にかけては、一人で歩いては駄目だって、親から口酸っぱく言われたのを覚えています」

 おばあさんは懐かしむようにそう言う。昔を思い出しているようだ。

「なるほど。その神様についてですが、何か特徴のようなものは聞いていませんか。こういう姿をしているというような」

「そうですねえ。なんせ随分と前の話ですから。勝手に何だか怖い姿だと思っていましたし」

「そうですか。ありがとうございます」

 これ以上は思い出せないと思ったのか、優弥は笑顔で礼を述べる。おばあさんもそこで奥へと引っ込んで行ってしまった。

「あのおばあさんと同じくらいの年代の方から話を聞きましょう」

「あ、ああ」

 すぐに真顔になった優弥に飲まれつつも三輪は頷いた。

「ちゃんと神隠しの伝説があったな」

「大体どこの地方でもそういう言い伝えはあるものさ。問題は知っている人に巡り合えるかどうかだな」

「なるほど」

 長谷川はそういうものかと納得する。そして、うちのじいさんもそういう昔話を寝る前にしてたなと付け加えた。

「いいおじいさんですね」

 理土はそんな経験がないので、羨ましいなと思う。しかし、長谷川はぎっと理土を睨んできた。

「そんなわけあるか。寝る前に耳なし芳一を聞かされるんだぞ。寝ようとしているガキを怖がらせてどうするって話だよ。おかげで俺は、じいさんの家に泊まりに行くたびに寝不足だった」

「ははっ」

 まさかの耳なし芳一。なぜおじいさんはそれをセレクトしたのやら。持ちネタがそれしかなかったのだろうか。

「耳なし芳一ということは、おじいさんの出身は山口県か」

「えっ、そうだけど。って、耳なし芳一だけでそんなことが解るのか」

「まあね。その話は山口県にあった、安徳天皇あんとくてんのうや平家一門を祀っていた阿弥陀寺を舞台としているんだ」

「へえ。そうなんだ」

 妖怪だけじゃなく、そういうのも詳しいんだなと長谷川は呆れている。理土もそんな知識まで持っているのかと驚かされた。

「この先生、民俗学の先生じゃないの」

 そして三輪も、本当に物理学の先生なのかと蘭子に確認している。

「物理学が本業です。こっちは趣味」

「はあ、趣味ねえ。まあ、趣味が本業じゃねえかってくらいに、知識とか技術がある人ってのはいるけどねえ」

 蘭子の説明に、三輪は色んな人がいるなあと顎を擦った。そんなことを話しつつ、三輪からは捜査の進展情報はゼロとの報告を受けて終わった。この後は優弥に付き合って神隠しの伝承を調べるのを手伝ってくれるという。

「ま、聞き込みをやってることにしとけばいいからな。相棒には適当に話を合わせておけって言っておけば大丈夫だし」

「適当だな。でも、解決すれば総てよしか」

 三輪の適当さをそうやって容認しちゃう長谷川も問題だと理土は思った。こんな調子だから関係のない理土を締め上げることになるのだ。職務怠慢だ。

「なんだ、文句あるのか」

「イイエ」

 でもって、そういう時だけ鋭いのだから困る。理土は唇を尖らせると、ウインナーコーヒーを飲み干した。




 聞き込み調査はスムーズに進んだ。三輪が協力してくれているおかげで、ピンポイントに喫茶店のおばあさんと同年代の人から話を聞き取ることに成功したおかげだ。

「今日はどこに泊まるんだ?」

「そこのビジネスホテルさ」

「ああ。出るって噂の」

「ええっ」

 三輪があっさりと出ると言って片手をだらんと垂らすので、理土は思わず悲鳴を上げてしまった。そして、この車に乗ってしまったことを後悔する。どうして後方の優弥の車に乗り込まなかったのか。何故か今、理土は三輪の運転する、純喫茶の駐車場で見かけた灰色の車に乗っていた。

「単なる噂だよ。別にそのホテルで自殺した人がいるってわけじゃないんだ。ただ、古いホテルだからな。そういう噂になりやすいってだけだと思う」

 笑いながら三輪はそう言うが、これから泊まる理土には堪ったものではない。おそらく、優弥がついでに幽霊の噂を検証しようとしてそこを選んだのだろう。非常に嬉しくない。

「まあ、そうだろうな。あいつに任せたのが間違いだった。でも、他にも選択肢がなかったってのはあるだろう。P県には温泉もあるけど、それだとこの町から大分離れちまうし」

 俺も幽霊ホテルは嫌だけどなあと、長谷川は他に選択肢がないんだという。確かに全体的に煤けている町だ。贅沢は言えない。しかし、幽霊付きじゃないところがいい。

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