「滲み出す狂気」
「……っ」
言葉が出なかった。勇者の放った言葉に臆したのではない。その瞳に、眼差しに、私は慄いたのだ。
「ボクは、ずっとキミに会いたかったんだ」
私の遠い記憶の中にあった彼女のそれと、似ても似つかない濁りきった眼差しが、私の双眸を真っ直ぐに見据えてくる。
「勇者なんだから倒すべき魔王に会いたいと思うのは当然だって思うかな?でもそういう意味で会いたかったんじゃないんだボクはそういう使命感とかじゃなくってただ純粋にキミに会って話がしたかったんだよでも話がしたいってだけじゃなくていや話はもちろんしたいんだけどね?だってボクたちは自己紹介だって済ませてないし好きな食べ物とか好きな御伽噺とかそういうことも知っていきたいと思っ「えっ」てるしもう本当いくら時間があっても足りないよねってくらい色々と話したいんだけどってそうかもうずっと一緒なんだから時間なんていくらでもあるんだよねよかった安心し「あの、待っ」たよこれならいくらでもお話しできるもんねでも本当のことを言うとお話だけじゃなくってそれ以上の事もってふふふ何言ってるんだろうねちょっと調子に乗っちゃったかなでもこれだけは伝えておきたいんだけどボクは勇者だからとか魔王だからそういうのじゃなく一個人セレーネとしてヘリオスのことがどうしてもって名前で呼んじゃったねえへへちょっと恥ずかしいっていうかもっと段階を踏んでからだよねこういうのh「いやごめん待って本当に待って」はいなんでしょう」
こ、こんなに口数多いタイプだったかな……。確かに最初のころの勇者は元気のいい活発なタイプという印象だったが部下からの報告ではここ最近は口数も減って落ち着いた雰囲気のある人物だと聞いていたのだが。なんというかこうなんだろう。なんなのだろう。目は淀み切って光を一切感じないのに頬は緩み切って早口で捲し立ててくるその様は異様というほかない。というか恐ろしい。怖い。
私が二十八代目魔導宗主という責任ある立場であるからこそ耐えられたが、そうでなければわき目も降らず脱出を試みるくらいには恐怖を感じる。理解の及ばないものこそ真に恐ろしいのだといつの日か黒山羊のところの哲学者が語っていたような気がするが今思えばそれは心理だったのだなと深く感じ入る。本当に怖い。逃げ出したい。だがそうにもいかないので私は眩暈のするのを誤魔化す様に額に手を当てた。
「えっと、あの、なんだ……短くまとめてもらえr」
「ボクはキミが好きだ」
「えっ?」
予想外の言葉に思わず志向が停止するが、勇者はそんなことなど意にも解さぬように続ける。
「楽しくお話ししたいし、ずっと一緒にいたい、ボクだけの傍にいてほしい。ボクだけを見て、ボクだけを聞いて、ボクだけに触れて、ボクだけを感じてほしい」
だからこうして、キミをボクだけのものにしたんだ。
「ひゅっ」
およそ人間的な感情を感じ取ることの出来ないその笑顔に、声にならない悲鳴が漏れる。こいつは、本当にあの勇者なのか?太陽のように人々を照らし、人族の希望として輝いていたあの勇者と同じ人物なのか?
もしそうだというのなら、一体彼女に何が起きた?
あまりの急展開に思考が停止しそうになる私をよそに、勇者はそのゆがんだ笑顔をこちらに向けて言い放った。
「ずっと、ずっとここにいよう。ボクと、キミとで、二人で、ずっと……」
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