第38話 置き去り

 ことはなかった。

 寝ることに関して俺は苦しまなくて良いようだ。それはいいことだ。目は覚めたので寝袋に入ったままぐーっとに腕を上に伸ばして全身を伸ばす。筋肉痛がまだいらっしゃるので所々痛い。

 暗くないので朝になっているようだ。他のメンバーがいないのでもう起きているらしい。

 起こしてくれればよかったのにと、寝袋から抜け出した。遮蔽物という名の壁が太陽を遮って俺に影を作っている。

 すごく頭がスッキリとしていて、よく眠ることができた気がする。


「おはよう」

「お、起きたか」


 壁の外で日光浴をしているみたいになっていたケーシャに声をかける。いい匂いがすると思ったらケーシャが肉を焼いている匂いだった。あのカバンに入れておいたって腐るって言ってたもんな。美味しいうちに食べないと。しかし俺は胃腸の強さに自信はないので食べ過ぎ注意だ。ハラを壊したら大いに大変なことになってしまうからだ。考えたくもない。

 辺りを見るがグロリアさんとロアが見当たらない。


「あれ? 二人は?」


 焼いた肉とキャベツらしきものをパンに乗せて半分に折ったものを手渡される。起きてすぐにまず食べろということか。とりあえずサンドイッチらしきパンをかじった。肉は塩がきいていて牛っぽい気がする。


「先に行った」

「え」


 なんてことないようにケーシャが言うが、俺の腹の中を冷たいものが通り過ぎる。持っていたパンを落とさないように握る。


「やらかした……?」

「何が?」


 血の気が引いている俺に対してのんびりとお茶を飲んでいるケーシャ。


「後で合流しようってだけだから気にするな」

「気にするわ!!」

「えー」


 太陽の位置を見れば上に上がっていて、昼かな? としか思えない。よく眠ることができたのではない。質の良い睡眠が取れたのではない。実際長い時間よく寝たのだ!


「うわあ……申し訳無さすぎるだろ!? やっぱり俺歩くの遅かったよな。でもこれで精一杯だったんだよー!」

「分かってるって。のんびり行こうぜ」

「のんびり?! グロリアさんとロアで大丈夫なのか? 森では偶然に一匹も魔獣に出会わなかったけど外じゃそんなことないだろ?!」

「あ、それは俺たちか何回か往復してたし、滞在してる間に何匹か倒したから襲ってくるようなやつはもういなかったからな。似たような理由でグロリアたちなら町まで問題ないだろ」

「そうなの、か?」


 ぽかんとしてしまう。現実だとそんなものなのか? 一定数倒してしまえば再度復活することはないのか。魔物魔獣は自然発生なのかと思ったがそういうことではないのか? 倒すと減っていくのか。

 どうもゲームのせいで移動していると必ずエンカウントすると思っている。もちろん倒しても倒しても減ることはなく繰り返し襲ってくるあれだ。

 あと普通に戦っているところを見ていないのでこのパーティーの実力が分かるはずもなく、出てくる敵も見ていないのでそっちの危険性が分かることもない。声だけは聞いた気がするけどな。


「ま、森で何にも出会っていないのはグロリアが魔獣物除けかけてくれてるからそれも関係あるけどな」

「魔物除けか」

「魔物獣除け。グロリアが言うには気配を薄くして匂いを消す魔法らしい。魔物魔獣それと動物に効く」


 グロリアさんすごすぎないか? 万能じゃん? 主人公かな??


「なんとなく流してたんだが、魔物と魔獣って何が違うんだ」

「大まかには姿形の違いだな。動物に似ているタイプを魔獣って呼んでいてそれ以外を魔物って呼んでる」

「動物との違いは?」

「魔力の有無」

「へー」


 これ見分け方を聞いたところで魔力を何も感じ取れない俺には区別はつかないな。そもそも何に出会ったって倒すという選択肢はなく、逃げる一択だ。


「魔力持ってると火を吹いたり毒霧出したり普通じゃない攻撃をしてくることが多いから気をつけろよ」

「どうやって?」


 この世界の人間は生まれつきそういうものを見分けられる能力があるのか? 見分けられるのが当然みたいに言われても困る。

 困った顔をしている俺を見て気がついたのか、そもそも俺に戦闘力がないことを思い出したのか。ケーシャがどうしたものかと悩んでいるのが見てとれた。

 しばし俺たちの間に沈黙が流れた。


「……頑張れ」


 結局妙案は出なかったらしい。ケーシャは渋い顔をしてそう言った。 


「逃げる方向にだな」

「それがいい」


 これで俺が特殊能力持ちだったらそんなこと悩ませることもなかったんだろうけど。今からでも遅くないからなんか能力目覚めないだろうか戦闘系のやつ。危機感知、完全逃走、絶対防御みたいな? いやこれ戦闘向きじゃないな。必殺必中、超速移動、攻撃力増し増しとか? うーん……想像がつかない。素早く動けたところで吐きそうだ。向かない。三半規管も鍛えてもらわないと死ぬ。


「大丈夫だから、な?」

「あ? あぁ」


 どんな能力が目覚めればいいかと考えていたのを別の意味に取られたらしい。ま、ありもしないこと考えるだけ無駄か。でも貰えるのなら身体強化みたいなのが今すぐ欲しい。体力が欲しい……。こつこつやるしかないのは理解しているけどさ。


「ここから町までのほとんどの敵は大声でも出さなきゃ襲ってこない。ひっそり進もう」

「りょーかい」


 好戦的じゃないのは好都合だ。ただ襲ってくるものだと身構えていた分気が抜けてしまった。

 握ってしまったパンを再び食べることにした。食感は変わるが味は変わらない。

 ケーシャは周りを片付けている。


「食べ終わったら出発していいか?」

「それはもちろん」


 今日も頑張って歩きますか。

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