第6話 外に出るには
あれから彼はなぜか熱心に本棚にある本を黙々と読んでいた。
あの高い音の不思議な笛がなると仲間の元に帰って行くが朝になるとまたやってきていて本の続きを読んでいく。
一度扉をくぐったからだろうか? もう自分が開けなくても彼自身で建物の中を動くことができるようだった。
気づけば彼はあの本と紙の部屋にいる。そんな彼のいる部屋に起きれば自分も行ってしまう。
「昼っぽいから昼飯持ってきたんだけど食べるか?」
「ああ」
返ってきたのが顔をあげない生返事だったため、きりが悪いのだろうとそっと机の上にサンドイッチとスープを乗せた。
純粋に本を読むことが楽しいのか、実はここに来ていたのは食料調達が主目的なのではなく別の用事があったからなのか。
いつも読むだけ読んで収穫はない悪かったなと言いながら帰っていく。
何かを見つける義理などないというのになぜか真剣に本を読んで外に出る方法がないか探している。
だからついそんなことを考えてしまうのだ。
一段落したようでサンドイッチに手を伸ばしたので聞いてみたかったことを口にした。
「ちょっと気になったんだけど。こんなにここに滞在していて大丈夫か?」
「目的のある旅じゃないから平気だ」
そういうことじゃなくて外が危ないんじゃなかったのだろうか? 仲間が強いって言ってたからいい、のか?
「ところでこのパン何が挟まってるんだ? 何かたまに甘い」
「甘いの嫌いか? 今日のサンドイッチ挟まってるサラダにりんごが入ってるからそれじゃないか?」
「りんご……聞いたことないな。似たような味の果物を食べたことがあるがもっと酸味がある。これはうまい」
「そりゃよかった。このサンドイッチ母さんがよく作ってくれたやつを思い出して俺が出したやつだし」
「は?」
「え?」
怪訝そうに歪んだ顔の彼と顔をつき合わせてしまう。
何か変な事を言っただろうか?
「そういうことなのか……?」
「えっと何が?」
その返答は返ってこなかった。
食べるのをやめた彼はすぐに本棚の前に戻った。そしてじっと背表紙を見つめると何冊か本を手に取り、さらに右に左に探し始めた。
「この辺か……」
そう言うと机に乗せた何冊かの本を彼は読み出した。黙々と表情が動くことなく読んでいく。
しかし程なくして深くため息をつきこちらを向いた。浮かない顔をしている。
「結論から言えば出ることは不可能ではなさそうだ。ただ、どうしてもこの場所に一人要となる人間を置いておかないといけないようだが」
「それは知っている」
「知ってる?」
「ここに来た時少女と入れ代わったから」
「そうか」
彼が俯いた。 言わない方が良かったかもしれないが事実は事実なのでと自分に言い聞かせる。
そう若く見えない彼なので大丈夫だろう。
「入れ代わった人間がどうなるかとか書いてあるか?」
「代わりが必要としか書いていない。代わりを呼ぶためには儀式をするとも書いてある」
「儀式か」
「しかも方法が要となる人間が限界まで追い詰められないと分からないらしい」
「俺一生分からなくないか」
「鈍感」
ふっ、彼が笑う。つられて笑ってしまう。
「悪かったな」
「追い詰められたふりでもしてみるか?」
「騙せはしないんじゃないか? もうまったりのんびりやりたいようにして、食べたいもの食べてうきうきしちゃってるし……ごまかせそうもない」
「もっと欲望を抑えろ」
「無理無理。深層心理反映するような場所に逆らえるはずがないだろう」
ははっと笑ってはみたが。
このままずっとここにいて自分がどうなるかは分からないが別に辛くもなく楽しい方だ。まだ最初の内だからということは十分あるだろうが。
しかし壊れてしまうかもしれないこの先の自分の精神の安定なんかのためにこれ以上他人に迷惑をかける気はない。
「こんなに読んでもらってからで悪いけど、別に俺としてはずっとここに引きこもっていたって不便もないしさしてしたいこともないだから、大丈夫だ」
「不健康」
「悪かったな」
むっとした彼はがしがしと頭をかくと俺に向き合ってきた。
「外の世界を見て回りたいとかないのか? 今まで生きてきた世界とは違う世界なのに見たいとか知りたいとか思わないのか?」
「現状に満足するとな。このままでいいかなというよりはこのままがいいなーって言う何とも怠惰な考えが頭の中でぐるぐると。向上心がないんだよ」
「見るからに弱そうなあんたに危険な外に出ろとは強制できないが、ここにいては見れない綺麗な景色がたくさんあるぞ。死にそうになっても仲間の腕がいいからすぐに回復もできる」
真剣な瞳だった。
「どうしてそこまでして? 俺にできる事なんて何もないし連れ出してもらったって足手まといにしかならないだろう」
「自己満足だけど外に出て欲しい。……幼い頃ずっと危ないからと暗い部屋にしまわれていた。虐待という訳じゃない本当に外が危なかったんだ。だけど危ないけれど出てみた外はとても楽しかった。少しでいいからあんたにもそんなこの世界を感じて欲しい」
「困ったなあ」
彼の入ってきたホールを見ることも触れることもできない。かといって自分の代わりに誰かをここに置いておくというのもどうだろう。
儀式と言ったって方法は分からないし代わりの人間……ね。
口に手を当てて唸ってしまう。
「ちょっとこの本借りて行っていいか?」
「どうせ読めないしいくらでも」
「今日は一旦戻る」
そう言って俺の肩を叩いて歩いて行った横顔はなんだか泣きそうに見えた。
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