第7話 何でだかどうしても
ホールから外へのルートは長いようで意外と短い。5分くらいしかかからないうえに途中危険もない。あっという間に外に出る。
そこには眼鏡をかけて大きな帽子をかぶった仲間が待っていた。待っていたというよりは作業に没頭していると言った方が正しい。
鬱蒼とした森の中、魔法の明かりで薬草と向き合っている。
「グロリア」
彼女は俺が呼ぶととこちらを振り向いた。
結ばれた淡い紫の長い髪がくるりと弧を描く。
「おかえりケーシャ。今日は早いわね」
「途中で切り上げてきた」
「そっか今日も進歩はなかったの?」
「やっぱりどうしてもあの中に人間が必要らしい。ほぼ確定だな。食べ物だって布団だって服だってこうして本だって持ち出せるのにどうしてたった一人の人間が外に出れないんだろう」
今日持ち出した一冊の本を彼女に渡す。彼女にはあいつを外に出してやりたいと相談をしていた。
夜に留まらないほうがいいと警告をしたのも彼女だ。
「普通に持ってこれたわね。ちょっと意外だわ」
「人間だけじゃなくて持ち出せないものもありそうなのにな」
「そうね……ねぇ聞いてもいいかしら」
「なんだ?」
「この中にいる子、外に出たいって言っていたの?」
グロリアにそう言われて俺は固まるしかなかった。
「…………」
「ケーシャ? あなた聞いてないの?」
「それどころか名前も聞いてない」
ついあんなところにいるんだと思ったら絶対外に出たいだろうと思い込んだ。かつて自分が外を自由に歩くのを望んだように。
別にあそこの生活も悪くないと言っていた。本心かどうかは分からないが決めつけるのも良くないだろう。
「もうあなたってそういうところがあるわよね。次に会ったらちゃんと話すといいわ。目的が一致するといいわね」
グロリアは俺の持ってきた本を丁寧にめくりだした。
「今日まで見た中でそれが一番はっきり書いてある気がする」
「そうだけど私じゃ所々読めないわ。違う言語が混ざってる」
「そうだったのか。悪い見分けがつかなくて」
「読めてしまうのも困りものよね。どこの言葉かは分からなくなってしまうんだもの」
「読めないよりはいいと思うんだが」
「あらそうかしら?」
なぜか本で頭を小突かれて笑われてしまう。
「これ読めるところ読んでみるわ」
「頼んだ。専門的な話になると読んでも分からない」
「その辺も勉強してみるといいのに。楽しいわよ」
「いつか興味が湧いたらな。薪を集めてこよう」
「ロアがさっき行ったわ」
グロリアの指す方を見ると小山になった枝がある。その脇に人が乗れるほどの大きさの小麦色の毛皮を持った狼が寝ていた。
「グロリア一瞬でもここに一人でいたのか?」
「この辺なら私あなたより強いわよ」
「そうだけど……」
苦笑いするしかない。この辺り魔法がよく効く敵が出る。逆にいえば物理はあまり通らない。
剣しか使えない俺には難所だ。
「魔法が乗る剣早く作りたいわね」
「半分夢物語だろ」
「石が見つかればあっという間よ!」
キラキラとした瞳でぐっと拳を握るグロリア。自分も造ってみたいのだろう。
しかしそれが見つからないんだかな、とは口に出さないで夕飯の支度をするために火を起こすことにした。
グロリアが薬を作るために散らかしたのだろう道具を隅に寄せ、消えかけていた小さな火に木をくべる。
いつもならすぐ壊す簡易的なかまどもこの場所では長く使われている。
「今日は何を作るの?」
「いつものようにスープかな」
持ってきた赤みの多い塊の肉を見せる。きれいに白く模様が入っていた。
「美味しそうだけど何の肉なのかしら?」
「さあ……?」
あの空間から持ってくる食材は見知ったものがほとんどだがたまにこうして分からないものもある。似ているものは知っているけど見たことのない食材。
違う世界の住人があそこで暮らしているということが分かった今彼らの世界の食べ物だろうと理解できる。
「出来るまでには戻るわ。結界に綻びがないかを見てくるわ」
「ああ」
グロリアは足取り軽く周りに張ってある結界の確認に行ってしまった。
かごを持っているのが見えたのでいつものようについでに薬草も取ってくるんだろう。これはしばらく戻らない。心配だがそんなものするだけ無駄だ。
案の定スープができても戻らないのでロアの毛並みをブラシで整えることにした。
心地いいのかこうしてブラシをかけてやると大人しく目をつぶっている。
グロリアが戻ってこない間にこっそり残りの肉を焼いてロアと分けて食べた。
筋もなく癖もない美味しい肉だった。ロアも美味しかったようでもっとないのかとねだってきた。
次に見たらまっさきに確保しよう。
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