第十六話 襲撃
西の国の夜に
神聖魔法の催しも終わって、日が傾いてお客さんもいなくなり、片付けも終わったころ、
「なんじゃと!?」
というエンジェル先生と教会の騎士の揉めている声が、こちらに聞こえてきた。
それはしばらく続き、僕ら生徒はその結末を遠巻きにして見守っていたが、結局エンジェル先生の希望は通らなかったようだった。
「お前たち! こっちだ、着いてこい!」
荷物を担いだエンジェル先生は教会の入り口に立って、僕らに向かってそう言った。
「え? 今日はこの教会施設に泊めてもらえるのでは?」
神官学科の生徒の一人がエンジェル先生に尋ねた。
帰りの高速魔法バスの出発は明日の早朝なので今日は教会に一泊する。たしかそういう予定だと聞いていた。
「話が変わったんじゃ! 隣の村まで歩くぞ!」
えーっという抗議の声が生徒たちから上がったが、教会の騎士たちが厳しい顔でこちらを見ていたので、僕らは渋々従った。
「まさか、あの先生……、宿の手配をしてなかったんじゃ……?」
タイムが諦めた声で言った。
街を出てから一時間くらいは歩いたと思う。
僕ら生徒は、昨日の長時間の移動から今日の催しと続いて疲れ切っていたので、話す気力も残っていなかった。僕らはエンジェル先生の後に続いて街を出て山の方へと歩いた。しだいに道の両脇が前世で言う竹のような植物に変わっていく。僕らが隣の村に着いたころにはすっかり夜になっていた。
「神官様。それはさぞお困りでしょう。ささ、どうぞ、こちらをお使いください。」
エンジェル先生から事情を聞いたと思われる村の人は、幸い僕らを迎え入れてくれた。と言っても馬小屋のような家屋に、ゴザのような藁の敷物が敷いてあるだけの場所だ。それでも、屋根と壁があるだけマシだった。僕ら生徒たちはやっと座って休むことができた。村の人たちがパンとタケノコみたいな具材の入ったスープを持ってきて配ってくれた。
ああ、海に近い街で魚の料理が食べられるかと思ったのに、こんなことになろうとは。言葉少なに神官学科の生徒たちがスープを啜っている。
僕ら魔法使い学科はゴリダムと一緒に小屋の隅の方に固まっていた。サクラは自分の魔法陣を描いた手帳をゴリダムに見せている。その横でダンクが黙ってスープに口を付けていた。
「ダンク、静かだな。」
「……別に、文句を言ったって状況が変わるわけでもねーし。」
小屋の中にエンジェル先生はいなかった。自分だけは村の別の家に泊めてもらうつもりなのかもしれない。まあ、そんなことはどうでもよかった。明日の朝も予定より早く起きて高速魔法バス乗り場まで移動しないといけないのだ。僕は横になって目を瞑った。僕は疲労のせいか、吸い込まれるように眠りに落ちた。
「……起きて。アスラくん、起きてください。」
僕の耳元に、微かな声で僕の名前を呼ぶ主の生温かい息がかかる。
「んん……?」
「アスラくん、起きてください。」
僕を起こしたのはメイノだった。
「メイノ? おはよう、もう移動する時間なの?」
「いいえ、そうじゃないんです。」
「んー?」
どういうこと? 僕は眠い目を開けて体を起こしメイノを見た。メイノは上着を脱いで軽装になっていたので、メイノのその開けた胸元がつい目に入ってしまい、僕は慌てて目を逸らした。
「どうしたの、メイノ?」
メイノは僕が意識したことなど気づきもしないで言った。
「外の様子が変なんです。」
「変?」
メイノが指差してみせた先には小屋の窓があって、数人の生徒が外を窓から覗いている。僕もそっと窓に近寄って外の様子を窺った。
……村の家々の間を、何か小さな光る目をした影がいくつも飛び回っている。
「あれは、魔物メフォックスに間違いありません。」
メイノが声を殺して、そう教えてくれた。
「魔物?」
「魔物メフォックスは人を惑わす魔法を使います。この村は、魔物メフォックスに支配された村だったんです。」
「えええ? どうするの?」
小屋の中を見渡すと、みんな目を覚ましていて慎重に音を立てないように荷物をまとめていた。タイムもやってきて僕に言った。
「みんなでこっそりと村を出て逃げるしかないって話になったよ。僕たち神官学科は杖を持ってきてなかったから魔法で魔物と戦えないんだ。」
「ここに朝までいたら、私たちも魔物メフォックスの魔法にかかってしまいます。」
「そうか、わかった。」
村から逃げる時に万が一魔物に見つかってしまったら、魔法の杖を持っている僕ら魔法使い学科の三人とゴリダムが戦って逃走経路を確保することに決まった。
「行け!」
僕とダンクが小屋の扉の影で魔物たちの様子を窺っている隙に、その後ろから神官学科の生徒たちが数人ずつ飛び出して村の外を目指して走る。この村は周囲が竹のような植物で囲まれているので、人が通れる道に繋がる場所は一箇所しか無かった。
コーン!
魔物のかん高い声が、夜の静寂に包まれていた村にこだました。
「ダメだ、見つかってしまったようだ!」
光る目をした魔物たちが小屋の周りに集まってきた。魔物メフォックスは前世の世界の狐のような姿をしている。
「やるしかねえ! ゴリダム、やるぞ!」
「おおおおう! ダンク、了解した!」
ダンクとゴリダムが魔物の群れの前に飛び出す!
「当たれ!!」
ダンクの炎の魔法が数弾、魔物の群れに打ち込まれたが全く当たる気配が無かった。対してゴリダムは古代の魔法兵器ゴーレムだ。その大きな体で存分に暴れまわった。
「ゴリダムパーンチ!!」
勢いのあるゴリダムの拳が当たった魔物たちが数体、宙を舞う。
「今のうちだ!」
魔物の群れを蹴散らして進むゴリダムの後に続き、神官学科の生徒たちが村の出口を目指して走った!
「ダンク君! この魔法陣を使って!」
サクラがダンクに自作の魔法陣を手渡すと、ダンクは魔法陣を魔法の杖に収納して魔法を繰り出した。炎の槍が杖から飛び出して正確に魔物を射貫いた。ダンクの魔法が魔物たちに当たるようになった! すごい精度の魔法陣だ! この短時間で描き上げたのなら、サクラは魔法陣を作ることに関しては天才的なのかもしれない!
「よし、いけるぜ! ありがとな、サクラ!」
ダンクとサクラが連携して魔物たちを追い詰める。僕も水の攻撃魔法で魔物たちを退けた。魔物一体一体はそれほど強くない。数が多いだけだ。これなら、みんなが村から逃げる時間を稼ぐことは難しくない。
しかし、まだ生徒の半数が小屋に残っているという状況の中、魔物たちは魔法で操った村人たちを小屋の周りに集めはじめた。
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