西の国の街と教会で

 西の国に着いたのは早朝だった。高速魔法バスの中で少し眠ったけれど、慣れない姿勢で寝たので肩が凝ってしまい疲れた。高速魔法バスから降りた他の生徒たちもみんな欠伸をしている。


 遠くの空の下の方がほんのりと明るくなってきていた。

 西の国の街は初めて来たけれど、中央センドダリアや東の国とはまた違って、白い小さな家がいくつも並んでいた。前世の記憶の中のテレビで見た『地中海』が雰囲気としてよく似ていた。気のせいかもしれないけど潮風を感じる気がする。

 僕らは荷物を持ってエンジェル先生の後に続き、高速魔法バス乗り場から歩いて移動しはじめる。


「あ、タイム、メイノ!」

「アスラ!」

「おはようございます、アスラくん。」


 僕は神官学科の生徒たちの中にタイムとメイノを見つけて駆け寄った。


「寝れた?」

「いや、全然だよ……。」


 タイムが疲れた顔で答えた。メイノは大丈夫そうな顔をしている。


「メイノは西の国の出身だったよね?」

「はい。私の街はここからだと東の方なので、実はバスの中で寝てるうちに通り過ぎてしまいました。」

「そっか……。この街は来たことあるの?」

「何度かあります。ここで獲れる魚が美味しいですよ。」

「魚!? もしかして海があるの!?」

「はい!」


 メイノは屈託の無い満面の笑みでそう答えた。

 海か、すごいな! 僕はこの世界の海を見たことがない。見られる機会があるだろうか?


 僕らはそうやって他愛のない話をしながら歩いた。軽い傾斜の坂道を上ったところで、建物の間から大きな建物がその姿を現した。朝日が建物を照らしている。中央教会の教会施設だ。

 教会の入り口には中央教会の騎士が何人か立っており、先を歩いていたエンジェル先生がその一人に話しかけていた。


「お前たち! 準備を始めるぞ!」


 話がついたのか、騎士たちに扉を開けてもらったエンジェル先生が僕ら生徒の方を向いて叫んだ。神官学科の生徒たちから、えーっという声が漏れ聞こえる。そりゃ、休憩も無しはキツいよな。特に神官学科は中央センドダリアの貴族の子息が多いので、ついつい不満が顔に出る。タイムもそうだ。

 神官学科のみんながのろのろと何かを組み立て始める。あれが神聖魔法で使う装置なのだろう。エンジェル先生は椅子に腰掛けふんぞり返り、ああでもないこうでもないと指示を出している。

 僕は神官学科を手伝えないので、ダンクとサクラとゴリダムの方に合流した。サクラはずっとゴリダムにべったりだったみたいだ。僕らは教会の敷地の隅に荷物を置かせてもらい、持ってきた魔法の杖を準備した。西の国の人たちに魔法を見せてあげることがボランティアの目的だと聞いていたので、僕は杖に見る人が楽しめそうな魔法陣をいくつか入れてあった。


 教会の人が僕らにも朝食のパンを分けてくれた。やがて日も昇り、すっかり朝になった。教会にも人が少しずつ集まり始める。神官学科の装置の準備も終わったみたいで、今は合唱の練習を始めていた。

 教会を訪れた人たちは、教会の建物に入って何か祈りを捧げた後に、僕らのいる教会の広場の方に寄ってくれていた。さっそくゴリダムの周りには人だかりが出来ていた。


「おい、魔法使い学科の落ちこぼれども! 遊んでるんじゃないぞ! 何のために来たんだ!」


 エンジェル先生がまた僕らに向けて怒鳴る。エンジェル先生がいなくなると、ダンクとサクラが悪態をついた。


「くそがっ! 魔物にでも喰われちまえ!」

「ダンク君、よく言った!」


 ダンクが親指を下に向けてポーズを取る。サクラが口をイーッと指で広げた。


「ハハハハ!」


 僕もエンジェル先生にはムカついたけど、二人の態度を見たら笑ってしまって少しスッキリした。


 気付くと、だいぶ教会に人が集まってきたので、気を取り直して僕は杖をかざし魔法を使った。キラキラと雪を降らす魔法だ。それから植物を生やす魔法を地面に向けた。自分の周りを円を描くように花で一杯にした。こんなものでどうだろうか? パチパチとみてくれていた人たちから拍手が起こった。よし、上々かな?


 ダンクの方を見ると、ダンクは小さな子供たちに魔法でシャボン玉を作ってあげていたので、僕は驚いて声をかけた。


「ダンク、まともな魔法も使えるんじゃないか!」

「これはサクラが作った魔法陣だ。さっき渡されたんだ。俺の魔法じゃない。」

「それでも凄いよ。魔法力だって繊細なコントロールが必要なはずだ。」

「なっ、竜議員の息子! 別に褒めたって何も出ねーぞ!」


 僕は思わずダンクを褒めてしまったが、心からの言葉だった。唐突に褒められて嬉しかったのか、ダンクの顔が少し赤くなっていた。


「なあ、ダンク。竜議員の息子っていちいち言うの長くないか? アスラって呼べよ。」

「……うっせー!」


 最初は不安もあったけど、どうやら僕もダンクもサクラもゴリダムも、上手くやれてるみたいだ。披露している魔法のウケもいい。あっちの神官学科の方でも、ぞろぞろと装置の前にみんな集まりだしていた。そろそろ出し物が始まるのかな?


「魔法使い様。お願いがございます。」

「……え?」


 ダンクたちと離れて神官学科の会場の近くに行こうとした時、僕は男性に急に声をかけられた。僕は自分が話しかけられているのだと気付くのに時間がかかった。


「魔法使い様って……僕のことですか?」

「そうでございます。どうか、魔法使い様。この子に祝福を、魔法を授けてください。」

「ええ?」


 僕に話しかけた男性の傍らには小さな男の子が不安そうな顔で僕を見上げていた。魔法を授けるって何?


「知っての通り、この国では魔法を使える者はごく僅か……。魔法が無ければ一生この国から出ることはかないません。この生活から抜け出すことができません。この子は……この子は東の国で働くのが夢なのでございます。魔法さえあれば……、どうかこの子に魔法を授けてください! 私はこの子の幸せのためなら命すら捧げます!」

「えええ!? 魔法って、そんな……。」


 魔法を授けるなんて出来るわけない。魔法は生まれ持った才能だ……。いや、『魔女化』という方法もあるにはあるが危険な術だ、こんな小さな男の子にそんなことさせられないし。

 僕が混乱して答えに窮していると、いつの間にかメイノが隣にいて僕とその男性の間に割って入って言った。


「申し訳ありませんが、あなたの希望を叶えることはできません。どうかお引き取りください。魔法使い様のご迷惑になります。お引き取りください。」


 メイノが今まで見せたことのない強い口調でそう言ったので僕はビックリした。男性と男の子は何か言いたそうにしていたが、メイノがジッと目を逸らさなかったので諦めたのかそのまま教会を出ていった。


「すみません、アスラくん。」

「ううん、ありがとう、メイノ。助かったよ。」


 メイノは僕の顔を見ないまま、神官学科の生徒たちが集まっている方に行ってしまった。いったい、今のは何だったんだろう。


 その後、開幕した神官学科の神聖魔法は大きな音と演出で会場を沸かせていた。神官学科の生徒たちの歌声が雰囲気を一変させる。それを聴いたゴリダムは素晴らしい歌声だと絶賛していた。でも、神聖魔法に照らされて聖女のように歌うメイノを見ていた僕の心にはずっとモヤモヤが残っていた。

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