ゴリダムとダンク
ゴリダムはその話をしている間、裏山の木々の合間から微かに覗く空の一点を見つめていた。僕はゴリダムの横で黙ってゴリダムの話に耳を傾けた。
「ダンクのサイドパーク家は戦士の王の血を引く子孫だ。サイドパーク家は剣術に秀でた騎士の家系だが魔法を使える者もおり、代々優秀な魔法騎士を排出してきたらしい。……らしいというのは、私が長い眠りから覚めたのはほんの十年前のことだからだ。私は何百年もサイドパーク家の蔵の中で眠っていた。私を目覚めさせたのはダンクだ。」
ダンクがゴリダムを目覚めさせた?
「ダンクの何が私に作用したのかはわからない。しかし、私はダンクの魔法をきっかけに意識を取り戻し、それからサイドパーク家のゴーレムとして働かせてもらうことになったのだ。……ダンクは小さいころからあの調子でな、何をやるにもよく叱られていた。私はずっとダンクのことを見守ってきた。ダンクは二つ年上のレイアお嬢様と張り合い、出来ないことをやろうとして怪我をすることも多かった。よく泣いていたよ。ダンクはレイアお嬢様には絶対に敵わなかった。次第にダンクは兄弟の誰からも本気で相手にされなくなっていった。」
ダンクは小さい頃からあの調子なんだな……。
「ダンクには騎士の才能が無かった。」
「え?」
ゴリダムのその一言はズキリと僕の胸に刺さった。
「だがダンクは諦めなかった。なぜなら騎士の才能は無くともダンクには魔法の才能があったからだ。ダンクは他のサイドパーク家の誰にも負けない魔法力を身につけ、両親を納得させ、魔法使い学科への進学を認めさせた。」
ダンク……。ダンクは僕と同じだ……! 騎士になれなかった僕と、魔法使いの才能を認められて嬉しかった僕と、ダンクは一緒だったのだ!
「……ところが今、ダンクは魔法でも挫折をしようとしている。ダンクの魔法が誰にも負けないと言っても、それはサイドパーク家の中でのことだった。魔法学校に進学するような者たちと比べたら自分では足下にも及ばないのだとダンクは痛感したと言った。ダンクらしくもない……。ダンクが年末にサイドパーク家に帰らなかったのは、成績が振るわないことを家族に知られたくなかったからだったのだ。」
確かにダンクの魔法は荒削りで、すぐ難易度の高いことをやろうとして失敗する。もっと基礎からしっかりと身につけなければいつか行き詰まる時がくると思っていた。
「アスラ。君の学校の成績は優秀だと聞いた。よかったらダンクと友達になってやってはくれないか? 寂しいことだが、私はダンクに帰れと言われてしまった。邪魔なのだと。私はもう帰ろうと思う。私がいるとダンクは余計に意固地になってしまうだろう。」
僕はゴリダムの寂しそうな顔を見て心が痛くなった。でも、今なら僕もダンクの気持ちがわかる。ダンクはゴリダムに自分の心配をさせたくないのだろう。そして、生徒たちに囲まれていたゴリダムを離れていたところから見ていたダンクの気持ちもわかった。ダンクは、自分だけのゴリダムが他の生徒たちに取られてしまったような気がして面白くなかったのだ。
「わかったよ、ゴリダム。僕も騎士になれなくて魔法使いになった。僕もダンクと同じだった。ダンクに一緒に勉強しないか誘ってみるよ。」
「ありがとう、アスラ。」
「それからこれだけは言わせて。ダンクはゴリダムのことを嫌ってるわけじゃない。むしろ逆だよ。ダンクはゴリダムのことをとても大事に思ってる。だから、今は少し素直になれていないだけなんだ。」
「そうなら嬉しいのだが……。」
「大丈夫、なんとかなるよ。また来てよ、ゴリダム。」
まあ、あのダンクが素直になるかどうかは疑問だけど、僕は少しでもゴリダムの力になりたいと思っていた。ダンクだってそれほど悪い奴じゃないんだから。
ゴリダムは先生から魔法学校の特別通行証をもらっていたみたいで、それを使って何もなかった空間に扉を作ると魔法学校を後にした。何度もダンクのことをよろしく頼むと言いながら。
ゴリダムを見送った僕は、その足でファーのところに向かった。僕もファーに心配をかけたくないと思ってファーを遠ざけてしまった。そうじゃなくてファーにちゃんと伝えなきゃいけなかったんだ。僕が悩んでること。ファーに嫌われたくなかったこと。僕の気持ちを。
「ファー!」
僕はいつもの図書館で一人机に向かっているファーを見つけると、ファーの名前を呼んだ。
「アスラ?」
「ファー! 僕はファーに言わなきゃいけないことがあったんだ。」
「……何?」
ファーは僕に真剣な眼差しを向ける。まるで僕の言葉をひとつも聞き漏らさんとするかのように。
「実は僕、魔法が使えなくなるかもしれないって校長先生に言われたんだ。あの異世界解放同盟に襲われた時に発現した新しい……魔法の力のせいで。それで焦ってどうしたらいいのか勝手に悩んで、……ファーに言えなかった。心配をかけたくなくて。神聖魔法の授業の時のことも後悔してて、これ以上ファーに嫌われるのも怖くて。でも、それじゃいけないとわかったから。僕が間違ってた。もっとファーを頼らなきゃいけなかった。」
「……。」
「ファー?」
気付くとファーは眼鏡の向こうのその大きな瞳を見開いたまま涙を流していた。大粒の涙がポタポタと頬をつたい床に落ちる。
「そうだったの……。私……アスラに嫌われたのかと思って、ずっと不安だったの。だって何もわからないのに急に距離が出来ちゃって。ごめんなさい、アスラも悩んでいたのにね。私、自分のことしか考えてなくて。」
僕はファーが堪らなく愛しくなって思わず抱きしめた。
「ごめん。謝るのは僕の方だ。ファーを不安な気持ちにさせていたなんて。僕のことを殴ってくれても構わない!」
ファーの腕が力いっぱいぎゅっと僕の体を締めつける。
「な、殴りはしないわ……。でも、次からはちゃんと話してね、アスラ。もうこんな気持ちにさせないで。」
「うん、約束するよ。」
もう僕はファーを離さない。離したくない。ファーさえ味方でいてくれれば、僕は魔法が使えなくなってもいいとさえ、この時頭をよぎった。しかし、それから僕の左手の魔法無効化のスキルは再び僕の自由に動くようになる。いったい何だったのだろう? 校長先生に聞いたら、僕の『ステータス』はまだ見ることが出来ないらしい。でも僕の方は校長先生のスキルが自分に向けられて自動的に魔法無効化のスキルが発動する感覚が分かるようになった。
まあ、僕は問題がひとつ解決してホッとしたんだ。
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