あの日常を取り戻したい

 あの後、僕のサボりのことをファーは何も言わなかったけれど、僕はファーにどのように見られているのか怖くなってしまって落ち着かずいつものようにはいられなかった。あの時の僕を見るファーの目を思い出す。優等生のファーの隣に僕がいることがふさわしくないんじゃないかとさえ疑ってしまう。もしもファーに軽蔑されてしまっていたら僕は生きていけない。

 放課後の図書館の日課のファーとの勉強会はいつもほとんど会話は無い。勉強に集中してるからだ。それがいつもと変わらないことなのに今の僕にはプレッシャーに感じる。もう予習と復習にも集中できないよ……。


 そんな僕らのところにステラとレオがやってきた。それに気付いたファーは思わず立ち上がり、

「ステラ!」

と大きな声を上げてしまってから慌てて自分の口を手で押さえた。図書館では基本的に私語は禁止なのだ。


「ファー、久しぶり。私、時間が出来たの。それで週末の相談をしたくて。」

「もちろんよ。……今からでも大丈夫! アスラ、いいわよね?」


 ファーはステラのことを親友だと思ってるからよほど嬉しいんだろうな。僕とファーは荷物をまとめてステラたちと一緒に図書館を出た。ステラたちが来てくれて僕は少し救われた気がした。ファーと一緒にいたら僕は一人で自分を責め続けていたと思う。


 ステラと話しているファーは本当に楽しそうだった。きっとルームメイトを解消してから一度も会えてなかったんだと思う。……それはステラの言うことを信じればステラのスキルのせいなのだが、ステラは以前の通りにファーに接していた。


「久しぶりに六人で出かけられるのね!」

「うん。いつものメリーの通りにいきましょう。」

「ねえ、ステラ知ってた? あそこに可愛い雑貨屋が新しく出来てね、私ステラと行きたくて!」

「そうなの? 私も行ってみたい!」


 二人の様子を見ても何の心配もなさそうだな。良かった。僕の横でステラとファーを見ていたレオが僕に声をかける。


「アスラ。ステラとは仲直りできたんだな。」

「うん、レオありがとう。」

「ファーとの時間を邪魔しちゃ悪いかなと思ったんだけどステラが急ぎたいっていうからさ。ごめんな。」

「いや、丁度良かったよ。」

「ん?」

「ううん。またみんなで遊べるのは楽しみだよ。」

「そうか。」


 僕らはそのままタイムとメイノがいるはずの神官学科の教室の方へと歩いていった。今日の時間割では神官学科の午後の授業は一コマ多いが、そろそろ授業が終わるはずである。


「お? あれって……ゴーレムか?」


 レオが途中で立ち止まり中庭の方を指差した。レオの指の先にいたのはゴリダムだった。他の生徒たちには気付かれていないのかゴリダムは一人でいるようだ。っていうか、まだ帰ってなかったのか。


「ああ、うちのクラスの授業を参観しに来てたんだよ。ダンクって奴の家のゴーレムなんだけど。」


 僕がレオに説明していると、ちょうど、その話題に出したダンクがやってきてゴリダムに近づいていくのが見えた。僕らのところからは遠くて二人が何を話しているのかは聞こえないが、ダンクとゴリダムは何か揉めているような感じだ。何だ? 様子を見にいった方がいいか?


 その時、僕らが向かっていた校舎の方からタイムの僕らを呼ぶ声がした。


「おーい、レオ! アスラ!」


 一瞬、僕はタイムの方に気を取られた。僕が再びダンクとゴリダムの方に視線を戻すと二人はいなくなっていた。


「あ、あれ?」


「ねえ、聞いてよ! うちのクラスの新しい先生なんだけど最悪だよ!」


 タイムの僕らに不満を訴える声も、僕はゴリダムのことが気になってしまって頭に入らなかった。


 それからメイノも合流すると、久しぶりに揃った六人で食堂に移動してお菓子を食べながら週末の予定を相談した。僕はみんなのおかげで今日の最悪な気持ちが薄らいで楽になった。友達がいてくれて本当に良かった。



 夜になって、改めて僕は自分の左手を見つめて今日のことを考えた。校長先生の言う通りであるなら、僕の新しい転生スキルは僕の意思に関係無く僕の中で発動している……。あの時それは手の形になって僕の外に出てきたのに、今は僕はあの左手を出すことはできない。右手のスキルは今や自由自在なのにもどかしい。

 何がきっかけで発動中になってしまったんだろう? まさかステラのスキルの影響から自分を守るためなのだろうか? でもそれならステラと仲直りした今、解除されていないのはおかしいと思う。もっと別の魔法から? ……いや、そんなものがこの魔法学校の中であったら校長先生が気付かないはずがない。……結局、これは校長先生の言う通り、僕のスキルが暴走しているということなんだろう。せめて目に見えてくれればいいのに、自分の体の中ではどうしようもない。

 そういえば……。


「まさか、あの時、水が飲めなかったのは魔法道具の魔法を無効化していたのか?」


 もしもそうだったなら僕は全くスキルの発動に無自覚だ。しかも、周囲に影響が出始めているなら急いで解除する方法を探さないとマズい。


 ああ! 面倒事がいっぺんにのしかかる!


 ステラのスキルもよくわからないし、あんなに都合良く物事を変えることができるのか? それもまるで周囲を操るような……。


 いや、今は自分のスキルのことを最優先にしよう。あれこれ悩んでもしょうがない。ステラなら心配しなくても大丈夫だ。


「まずは明日、最初の右手のスキルを使って、左手のスキルを解除できるかやってみるか……。」


 ダンクとゴリダムのことも気になりはしたが、どうせもうゴリダムに会う機会は無いだろうな。ダンクの家になんか行く機会は無いのだから。

 ところがゴリダムは次の日も次の日も毎日僕らの授業に現れたのだった。

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