夏休みだけど帰りたくない

 前期の授業が終わり、期末試験も終わって、明日から夏休みである。ちなみに期末試験の結果は、魔法使い学科はファーが総合一位で、僕がなんと二位になるという結果だった。入学する前はこんな風になれるとは思っていなかった。魔法使い学科に転入するとも思っていなかったし。……最初は授業についていけなかった僕だけれど、サポートしてくれたレオやタイム、それにファーのおかげでこの成績を取ることができた。本当に感謝している。


「アスラ、中央センドダリアに帰る切符だけど私買ってこようか?」


 ステラがやっと勉強から解放されスッキリした顔で僕に聞いた。僕らは恒例の近況報告会を食堂で行っていた。


「ステラ、僕さ。夏休みは寮に残ろうかなと思ってるんだけど……。」

「え!? なんで!? え!?」


 夏休みに家に帰るというのは母との約束でもあったので、ステラは当然僕も帰ると思っていたらしい。ステラは予想だにしない僕の言葉に何度も聞き返した。

 僕が寮に残りたい理由はいろいろある。お爺様が怖いということもあるし、レオもタイムも実は寮に残ると言っていたのだ。それにファーも残るらしい。ファーは僕が聞いた時に、どうせ帰る家もないからと寂しげに言っていてその表情がずっと僕は頭の中に残っていた。僕に何かできないだろうかと考えていた。そしてひとつの提案を夏休みのうちにファーにしようと思っていたのだ。


「だって、みんな寮に残るっていうからさ。」

「それが理由? わかった。お爺様が怖いのね?」

「……それもある。でも、それだけじゃない。僕は魔法学校に入って、もっと魔法を勉強したいって思ったんだ。そして、僕は秋の魔法大会に出てみたい。そのためにもっと勉強したいんだよ。」

「アスラ……。」


「だから、家にはステラ一人で帰ってよ。」


 ステラには、あの剣術大会の魔法トラップがもしかしたらステラ個人を狙ったものではないかという疑惑をまだ言っていなかった。だけど僕はそれもあったので、ステラは夏休みの間は魔法学校を離れて中央センドダリアに戻る方がいいとも思っていた。

 でもステラは僕の言葉を聞くと不機嫌な顔になり言った。


「一人で帰れって酷くない? アスラが帰らないなら私も帰らないよ。」

「いいの?」

「いいよ、アスラがそう決めたなら私も付き合うよ。幸い、ファーもメイノも寮にいるって言ってたし、それならそれで楽しいかもしれないし。」


 ファーのことは知っていたが、メイノも残るのは意外だな。メイノは実家に小さな弟と妹が四人いると言っていた。

 僕はステラの剣技大会の事件のことが気がかりだったけれど、ステラを不安にさせたくなかったので確証のないことは言えず、ステラが寮に残ると言ったことには反対できなかった。……もしもの時は僕が一緒にいてステラを守らなければ。


「それじゃお母さんには戻らないからって手紙書こうか、アスラ。」

「そうだね。お父さんには?」

「……書くとうるさそうじゃない?」

「うーん。」


 子離れできない父が寂しいと泣き叫ぶ姿が目に浮かぶ。


「冬休みには帰りますって書いておこうよ、ステラ。」

「え? そうする?」

「うん。書いておいた方がいい気がする。」


 父は仕事を放り投げて学校に押しかけかねないと僕は想像してしまった。


「竜議員なんて言われて怖がられてるけど、家では普通のお父さんなのにね……。」


 やっぱり本当はステラは家に帰りたかったんじゃないだろうか。少し申し訳ない気持ちになったけど、もう僕は決めたんだ。僕にはこの夏休みでやることがある!



 夏休み初日、僕は図書館に出かけた。ファーと夏休みの課題を一緒にやる約束をしていたのだ。今日の目標のところまで課題が進んだところで、僕はファーに意を決して言った。


「ファー、実は聞いてもらいたいことがあるんだ。」

「……何?」


 ファーがまっすぐな目で僕を見つめ返す。僕もファーの目を見る。そのファーのキリリとした瞳に僕が映っている。


「僕は秋の魔法大会に出ようと思うんだ。それで、ファーも一緒に出ないか?」

「魔法大会? 私も? ……他には?」


 僕が魔法大会にファーを誘ったのは理由があった。それは魔法大会が個人種目だった剣技大会とは違い団体種目だということだ。僕一人では出られない。誰かとチームを組む必要があったのだ。


「まだファーにしか声をかけてないよ。」

「そう。」


 ファーは少し考えてから僕に答えた。


「いいわ、出場しましょう。ただし、私とアスラの二人で。」

「え? 五人までチームに出来るルールだよね?」

「知ってるけど、人数が多ければいいというわけでもないわ。魔法は一騎当千。工夫次第で人数は関係なくなる。……私も実は魔法大会に出られないか検討したことがあったのだけど、ルール上、複雑な魔法陣を作れる上級生の方が圧倒的に有利だとわかったから諦めてたの。でも……。」

「でも?」


 ファーは僕の手を指さして続けた。僕は手の甲にファーの指先が触れてドキッとした。


「アスラなら、どんな魔法の魔法陣でも作れるんじゃないの? それなら不利はなくなる。むしろ有利かもしれない。アスラの魔法陣を使うなら二人だけの方が都合がいいでしょ? 傾向と対策を調査しましょう。」

「うん! ありがとう、ファー!」


 僕はファーが僕の申し出を了承してくれて飛び跳ねたいくらい嬉しかった。

 それから僕とファーは過去の魔法大会の優勝の記録を探してきて読んだ。それと明日から夏休みの課題を終えた後に魔法大会に向けて作戦会議をすることが決まった。よし、これで夏休みの間も毎日ファーと会えるぞ!

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