転生なんて信じない

「アスラ! アスラ! 大丈夫!?」


 僕はステラの声で目が覚めた。僕はどこかの部屋のベッドで寝かされていた。そうだ、僕は初めて魔法を使って……それで気を失ったんだ。頭がジンジンする。ふと顔を拭うと目から涙が出ているのがわかった。


「ステラ? ごめん、心配したよね。」

「アスラ! もう、バカね! 無茶するからよ!」

「僕もまさかこんなことになるとは思わなかったよ。」


 ステラの目の周りが赤くなっている。きっと泣いたのだ。


「……アスラ、やっぱり魔法なんて……。」


 ステラが悲痛な面持ちで僕を見ていた。きっと自分が魔法学校に連れてきたせいで僕がこうなったと思っているのだろう。でもステラのせいじゃない。


「ステラのせいじゃないよ。」


 僕だって魔法の才能があると言われたときは戸惑ったけれど少し嬉しかったし、今だって別に嫌な気持ちにはなってない。僕がまだ魔法の使い方をわかっていないだけだ。逆に今の僕はもっと魔法のことを知りたいと思っている。もっと魔法を使ってみたいと。


「アスラ?」

「僕さ、魔法を覚えたいと思った。僕にあんなことが出来るなんて考えたこともなかったよ。だから、僕はステラに感謝してる。ステラが僕を魔法学校に入れてくれた。僕の可能性を開いてくれたのはステラだよ。」


 僕は僕の決意がステラに伝わるように真っ直ぐにステラの目を見て言った。


「わかったよ、アスラ。でも無理はしないでよ。」

「大丈夫だよ。」


 ステラは僕の手を握り、真っ直ぐ僕の目を見つめ返してそう言ってくれた。ステラはいつだって僕の味方でいてくれるんだ。



「そういえばステラ、僕さ。『夢』を見たよ。」

「夢?」

「うん。きっとあれが校長先生が言っていた夢だと思う。」


 ステラの眉間に皺がよる。また僕はステラを不安にさせるようなことを言ってしまっている。けど、ステラには聞いて欲しいと思ったんだ。


「夢って……。いったい誰の夢を見たの?」


 ステラは真剣な顔で僕に聞いた。いったいどう言ったら伝わるだろうか? 僕の前世は憑依者の世界の人間だって? 憑依術でもないのにそんなことが起こるなんて普通は信じられないと思う。でも僕はステラには信じてもらいたかった。どんなに荒唐無稽な話だとしても。


「僕は夢の中で、異世界の人間……賢斗という男の子だったんだ。賢斗は学校に通う高校生で……。」

「アスラが賢斗……。」

「うん。賢斗は僕の前世なんだと思う。」


 ステラは僕の話を聞いて黙ってしまった。きっと僕がまだ混乱しているのだと思っているに違いない。でも僕はあの夢をただの幻だとは思えなかった。ステラが声を振り絞って何かを僕に言おうとしている。ステラ、いきなりこんな話をしてしまってごめんね。


 ……でもステラの言ったことは僕の想像もしないことだった。


「……ごめんなさい、アスラ。アスラの魔法が封印されていたのは私のせいだと思う……。私がね……最初に『夢』を見たのは五歳の時だったの。」

「……何を言ってるのステラ? 五歳?」


 僕はステラの言っていることを理解するのに時間がかかった。 


「その時にね、まだよくわかってなかった私はお父さんに言ってしまったの。『ここはどこ? 日本じゃないの?』って……。お父さんは笑って本気にしなかったと思ったのだけど、目は笑ってなかった……。だから私、いけないことを言ってしまったと思って、それ以来誰にも言わなかったの。もちろん私が見ている『夢』のことも。それだけしか言っていないの。だけど……。」


 どういうことなんだ? 夢って……、ステラも賢斗の夢を見たのか?

 その時、僕の背後で声がして僕らはビクリとした。女の人の声……校長先生の声だ。


「だけど、ステラくんのお父さんはカミエラくんに頼んだわけだね。アスラくんの魔法を封じることを。」


 校長先生は急に部屋の中に現れて僕らを交互に見た。僕らの話をどこかでずっと聞いていたのだろうか? 校長先生はふふふと笑みを浮かべると続けて言った。


「君たちのお父さんは憑依者だから、この世界の常識に囚われず『その可能性』を想像したんだね。『転生者』の存在を。いや、具体的にそれを認識できたわけではないだろう。ただ、異常な魔法力が育ち始めていたアスラくんを見て、君たちのお父さんはステラくんから感じた正体不明の不安とアスラくんを結びつけたんだ。そして、その危険性を封じようとしたんだね。」

「校長先生……。どうして転生者のことを?」

「やあ、アスラくん。目覚めたようだね。前世の記憶の『夢』も、スキルも。」

「スキル?」

「そう。私も転生者なんだよ。憑依者とは違うルートでこの世界にやってきた者、それが転生者だ。転生者は特殊なスキルを持って生まれる。私の場合は『ステータス』。見た人間の能力や生い立ちなどを見ることができるんだよ。」


 それで校長先生は僕らしか知らないようなことを知っていたのか。読んでいたのだ、僕らのステータスを。


「この世界の人間は私たち転生者の存在を知らない。実際、転生者は同時代に一人か二人しか現れていなかったんだ。……だから、私はステラくんだけだと思ったんだよ。まさかもう一人こんなに近くにいるとは思わなかったんだ。」


 そういうことか。僕はやっとわかってきた。校長先生は駅で僕のステータスを初めて見て、僕が転生者であることを知ったということだ。そして校長先生の口ぶりから……、『夢』を見るのが転生者の条件というならば……、ステラも転生者だと考えるしかない。


「ステラ……。ステラも転生者なの?」

「うん。ごめんね、ずっとアスラにも黙ってた……。だってアスラは何も思い出さないから。」

「そうだったのか……。」


 しかし、転生者のステラと僕を魔法学校にスカウトして、校長先生の目的はいったい何なんだ?


「……ふむふむ。君の目覚めたスキルは『神の手レベル1』か。これはまた凄そうだね。レベルってことはやっぱりまだまだ成長するってことなんだろうね? ……しかし、やっぱり双子だね。君たちのスキルはよく似ているようだ。」


 スキル……。僕は今、前世の記憶から、それが何か僕に備わった魔法とは別の特殊な能力のことなのだと理解していた。神の手って……、それがどんな能力かは想像できないが。


「ステラくんのスキルは『悪魔の手レベル1』というらしい。」


 校長先生はさっきから僕らのステータスを楽しそうに読んでいる。はっきり言って、何をされているのかがわかると気持ちのいいものでは決してない。僕は校長先生に対して不信感が増していくのを感じた。でも僕らでは校長先生に太刀打ちできないのは明らかだ。僕は黙って校長先生の様子を覗った。


「私がステータスで読めるのはスキルの名前までなんだよ。どんな能力かまでは私にはわからない。けれどもね、もしかしたらステラくんが剣術に秀でているのはこのスキルのおかげかもしれないね。」

「校長先生! ステラの剣術はステラの実力です! スキルなんてもののおかげじゃない!」


 僕は思わず反論してしまった。でも、ステラのことを言われたら僕はカッとなってしまう。僕はステラが小さい頃から努力していることを知っている。楽して今の技術を習得したわけではないと知っている。


「あ、……これは、ごめんよ。私としたことが、余計なことを言ってしまった……。わかってるよ、ステラくんがどれだけ努力してきたかステータスに表れているから。本当に悪かったね。ステラくん。」

「いえ……。」


 校長先生はステラに頭を下げて謝った。僕はその様子に少し拍子抜けした。本当に校長先生には悪意がないように僕には見えたからだ。


「ふう。私のせいでこれを言うような雰囲気ではなくなってしまったけれど、これだけは伝えておきたいんだ。我がスプリング家は代々転生者が後を継ぐことになっていてね。私も小さい頃に義父に見いだされて養子になったんだよ。それで、もうわかってると思うけれど、私がステラくんをスカウトしたのはステラくんが転生者だからでね。」


 校長先生は再び僕らを交互に見る。


「私はね、ステラくんかアスラくんかのどちらかにスプリング家を継いでもらいたいと思っているのだよ。」


 異世界、転生、前世の夢、スキル……。僕は、自分の人生を賢斗に乗っ取られたような気がして嫌な気分になった。その上、後を継げって……? 僕らの自由は?


「……僕には考えられません。転生なんていきなり言われても。僕は信じることができない! ステラも僕もこんなスキルなんてものは必要ありません!」


 僕はこの理不尽に抗いたかったんだ。

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