251話 特攻

 それから一時間ほどは世界軍による一方的な試合が行われていた。


 進軍経路には要塞や塹壕と思われるものも作られていたが、砲兵が吹き飛ばし戦車が踏み越え歩兵が掃討。たったそれだけのことだった。

 もやは我が軍の圧倒的な軍事力の前に障害となり得るものは存在しない。


 そう思っていた時だった。


『こちら第七機甲師団中戦車隊! 魔人の攻撃を受けてい──グァァ……ァ……ザザザ………………』

『こちら重戦車第九一号車! 距離2000において主砲で貫徹不能な装甲を持つ敵戦力が現れた!』

『攻撃機隊攻撃中止! 回避行動を取れ! 上空にも魔人だ! しかも二体! 爆撃機は命中精度を捨て高高度爆撃に切り替えろ!』


「……反撃が始まったな」


 地上の魔人が放つ魔力は真っ赤な鬼のようであった。あれは鬼島津だろうか。では上空の蝙蝠は長宗我部元親か? 片目の龍は伊達政宗で間違いないだろう。


「魔人は対魔に任せるとして、あれはどうする……?」


 こちらの最高貫徹力を有する重戦車の主砲すら穿てない重装甲の敵とは、巨大な盾を引きずるトロールであった。

 同じ重さしか持てないのであれば、装甲は全身に纏うより攻撃を受けやすい前面に配置するのが良い。向こうもそれを理解しているのか全身の鎧は薄そうだが盾はとんでもない厚さである。


『あの数では列車砲では捌ききれませんね……。……ルーデル、やれますか?』


『やれるかやれないかではない。やるんだ』


 モニターの画面が航空映像に切り替わる。

 そこには戦場より遥か後方の飛行場が映されていた。飛行場の滑走路脇には無数の待機機体が駐機している。


『準備はできている。出せ』


 ルーデルの言葉と共にひとつの航空機が格納庫から出された。

 それは横の戦闘機とは違いまるで弾道ミサイルのような、ロケットのような、筒と円柱、それに安定翼を付けただけの単純な造りであった。機体は発射台に乗せられ、角度をつけられて置かれている。


 ロケットと違うのはたったひとつ、ロケット後部にコックピットが設けられているところである。ルーデルはそのコックピットのハッチを開き、そこに乗り込んだ。


『エンジン点火! ……戦闘開始だ』


「……あれは使いたくなかったんだがな…………」


 ロケットエンジンに点火され、ロケットはルーデルを乗せたまま戦場へ向けて飛び立った。


 特別攻撃、通称特攻。それは何も極東の島国だけの話ではない。世界各国で実験や実戦が行われていた。


 通常の航空機による攻撃では爆弾運用能力が限られる。数百キロを飛ぶ燃料と航空機の設計。乗員保護の防弾板や帰還用の燃料まで積んで余った余剰重量分の攻撃用の爆弾を吊るす。それで敵の迎撃機と対空砲を避けながら近づき、そこまでして初めて攻撃の機会を得られる。

 しかし爆弾は滑空して落ちていくがそれが当たるとは限らない。コントロールを失わない、かつ狙いをつけて爆弾を投下できる速度で飛びつつ敵の攻撃を掻い潜る必要があるのだ。


 しかし特攻は別である。その全てを攻撃のみに回すのだから。

 機体に被弾しようが関係ない。燃料は片道分、余った重量は全て攻撃能力に変えられる。

 迎撃されて死ぬ、攻撃後帰還できず死ぬ。そんなことだって当然ある。戦果を挙げることなく死ぬことなど戦場では日常茶飯事だ。であれば一回きりの攻撃を確実に成功させるという考えが生まれること自体は不自然ではない。


『……音速を超えたのは初めてだ!』


 ルーデルはそんな特攻兵器に詰められているというのに楽しそうだ。


 現代のコンピューターですら人間を超える誘導能力の再現は難しい。

 あらゆる想定外の事態に対して瞬時に判断を下し確実な攻撃を成功させる。それは人間にしかできないことだ。


『あと三分で着弾する! 座標を送れ!』


『は、はい! トロール盾兵は127.741……』


 この特攻兵器は全重量5tのうち3tが爆薬となっている。

 本来であればトロール盾兵のようなイレギュラーな敵には爆撃機からの1t爆弾で対処する予定だった。しかし予想外の魔人の多さに爆撃機が出られない以上、最終手段である特攻兵器を使うしかない。それが孔明の判断なのだろう。


『──見えたぞッ! このまま突入する!』


 灰色の隊列に一直線に落ちていく一筋の閃光。

 まるで彗星が流れるように尾を引きながらルーデルを乗せた特攻ロケットは迷うことなくその役目を果たそうとしていた。


「ルーデル……!」


 トロールの隊列に直撃したロケットは詰め込まれた爆薬と余った燃料が激しい爆発を起こし、遠方から映している映像が乱れるほど強烈な衝撃波が伝わってきた。


『……こ……ル…………た……! ……の…………を……け!』


 例によって巨大な爆発が起きると無線が通じなくなる。

 この戦艦は指揮所を兼ねているため強力なアンテナを備えているためある程度は問題ないが、それでもこの調子だ。前線では有線以外何も聞こえなくなっているだろう。


「流石に倒せているだろうな……? ……ルーデルは…………」


 私は衝撃により乱れた映像に映る爆煙にただ祈るしかなかった。

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