188話 死をもって

「口を慎め! 今は俺が皇帝だレオ=ウィルフリード!」


 そう玉座から怒鳴りつけるボーゼンは、ぶかぶかの上着にピチピチのズボン、ずりさがった王冠という、いかにも俄仕立にわかじたてな風貌であった。

 だが正直に言ってあの男はどうでもいい。


「魔導師だけやれ」


「──うっ!」


 タリオとシャルフは私の命令を受け、扉を壊した宮廷魔導師二人を素早く、かつ正確に一射で射殺した。


「なッ! へ、陛下をお守りしろ!」


 ヴァルターは後ろからそう叫んだ。

 そして私たちの行く手に立ちはだかったのは、六名の近衛騎士だった。


「や、やるぞお前ら!」


 引けた腰で剣を振り回すのは一応今の近衛騎士団団長ということになっているイロニエだ。


「……団長、あの男は団長がやるべきでしょう。他の騎士はヴォルフとアイデクスに任せる」


「ありがとうございます。帝国近衛騎士団の誇りを取り戻す機会をくださり……」


 団長はそう私に呟きながら剣を抜いた。そして一歩ずつイロニエに近づく。


「うぉぉぉ──!」


「野暮なことはやめておけ」


 右の方から横槍を入れてきた騎士を、アイデクスは鎧ごと胸を一突きにした。そして全身の鎧を合わせて百キロ以上あるであろう敵をそのまま投げ飛ばす。

 残り二人の騎士も、呆気に取られ固まっている隙を逃さずアイデクスは立て続けに心臓を貫き、危なげなく排除した。


「やっ、やめ──」


「グルルゥゥ……」


 それと同時に左の方では獣化し狼形態となったヴォルフが騎士を食い散らかしていた。

 このように同じ高さに立って至近距離で人狼族の戦い方を見るのは初めてのことなので私は少したじろいだ。二メートルはある狼が金属の鎧すら破る爪と牙を持って襲ってくる様子は恐怖そのものだ。


「後はお前だ。仮にも騎士団の団長を名乗るなら、最後くらい騎士らしく戦って散れ」


 いつも冷静で、かつ優しい笑顔で接してくれる団長の言葉には、確かに怒気が篭っているのがわかった。


「クソッ! どうして俺が……! どうしてこうなったんだ……!」


 イロニエは後ずさりしながら剣を抜く。

 それを見た団長も剣を抜き、正対に構えた。イロニエの持つ片手剣の二倍近い長さがある団長のツーハンデットソードは、誰でも扱える訳ではない。正に彼の永年の鍛錬の成果の現れでもあった。


「行くぞ──」


「フンッ!」


 団長がにじり寄ると、先程の弱々しい振る舞いは演技であったかのようにイロニエは素早い突きを繰り出した。

 しかし団長はそれを巧みに長剣の鍔部分で絡め取り、片手剣をはじき飛ばした。


「そ、そんな──」


 そこには圧倒的な練度の差があった。


 団長は武器を奪い無力となったイロニエに一切の慈悲をかけることなく、剣を振り下ろす。

 イロニエはそれを見て咄嗟に短剣を取り出したが、そんなもので受けきれるような攻撃ではなかった。


「──ガッ! ぐごっぷ……か……ぽ……」


 身体強化魔法を使い圧倒的な重量を持つツーハンデットソードを容赦なく振り下ろしたその攻撃は、特注品である近衛騎士の鎧ごとイロニエの左肩から胸を斬り裂いた。

 イロニエはもはや片手で剣を持つこともできず、自分の口から溢れ出る血が流れる様子を虚ろな目で見るしかなかった。


「お前も前までは私の大切な部下だった。その事は忘れない」


「……!」


 団長のその言葉にイロニエが顔を上げた瞬間、イロニエの頭が宙に舞った。団長は自らの手で彼に引導を渡したのだ。


「見事だな」


 人間を下に見て混血を嫌うはずのエルフが、その王子であるシャルフが団長のことをそう評した。

 私の目から見てもその流れる様な美しい太刀筋は、同じ長剣を使うアルガーとは違った、優雅さすら感じる戦いぶりだったと思う。







「さあヴァルター、次はお前の番だ。立てよ」


 ヴァルターは目の前に広がる光景を受け止めることができず、口が半開きのままその場にへたれ込んでいた。

 事務仕事ばかりの彼にとって、残酷な戦場の現場など見たことすらないのだろう。


「悪いが私は柄にもなく憤慨している。私の家族を貶したこと、そしてエルシャから家族を奪ったこと。許すつもりはない」


「──はっ! そ、そうだ! 皇女の家族ならまだいるだろ! 母親が! ……居場所を知っているのは私だけだ! 私を殺せば更に家族を失うことになるぞ! それでもいいのか!? 妻を悲しませるようなことをして!」


 ここまでこの男が小物のような発言をするとは思っておらず、私は呆れてしまった。先程まではラスボスを倒す前の高揚感すら覚えていたというのに。

 所詮はヴァルターも、死を前にしてはその恐怖から逃れたいか弱い生物のひとつに過ぎないのか。


「アルド?」


「は、そちらも調べはついています。この皇城の地下でしょう。広いの捜索に手間取っていますが、見つかるのも時間の問題でしょう」


 諜報部は皇都を完全に掌握しているのだ。残されたのは必然的にこの城の中しかない。

 政治的切り札は手元に置いておきたかったのだろうが、他国などに隠すぐらいしなければ私たちから逃れることはできない。まあ仮に居場所を完璧に隠せたとしても、男性優位である皇族にとって皇后の重要度はそれほど高くなく、命乞いの場面では何の役にも立たないが。


「と、言う訳だ。お前を楽に殺してやるつもりはない。かといって痛ぶるのも趣味ではない。……アルド、ヴァルターを捕らえろ。こいつと繋がっている人間を全て炙りだせ」


「了解しました」


「く、来るな──」


 アルドは何の魔法を使ったのか、ヴァルターの額に触れると彼は全身から力が抜けたようにその場にバタンも倒れ、ピクリとも動かなくなった。







「さて、ボーゼン=フォン=プロメリトス皇帝陛下。その命、頂戴します」


 そう言うとボーゼンは心底悔しそうに歯を食いしばった。

 しかし抵抗することはなく、遂には何かを悟ったかのように玉座でふっと目を瞑った。


「……妻に伝えましょう。君の兄は、最後は潔く散ったと」


 私は先帝から賜った宝剣で、彼の命を奪った。

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