186話 乾坤一擲

 矢が降り注ぐよりも、宮廷魔導師が詠唱を終わらせるよりも早く閃光弾は爆ぜた。

 その瞬間私たちの背後からはとてつもない突風が吹き荒れ、晴れていたはずの空が一瞬で曇りに変わった。


「突撃隊、全軍前進! 目指すは皇都のみ! 進──」


 追い風に身を任せ突撃を開始しようと思った瞬間、風がピタリとやんだ。

 これでは敵の攻撃が届いてしまうと思ったが、その不安はすぐに轟音と共に掻き消された。


 ズドドドドーン! と後方から砲撃支援が行われた。それがこの戦いにおける砲兵隊の最後の仕事であると分かった。


「敵が怯んだ! この隙を逃すな! すぐに嵐が来る! 地面がぬかるんで馬の脚が取られないよう、今のうちに進めるだけ進め!」


 私がそう言い終わる前に雨が降り始め暴風が吹き荒れた。


「本当に孔明のスキルはめちゃくちゃだな……」


 そう言いながらも私は笑っていた。

 敵は勝機を掴んだと思っただろう。それを嘲笑うかのように打ち砕く大自然の力と人類最高峰の兵器。


 完全に流れを取り戻したこの時を逃す訳にはいかない。

 すぐさまファリアとエアネスト合わせて三千強の騎兵隊による特別攻撃隊が進軍を開始した。


「レオ! 我々の進軍に合わせて味方全体も戦線を押し上げている! このまま真っ直ぐ突き抜けろ!」


「分かった! ──これとは別にハオランに頼みたいことがある!」


「なんだ!?」


「ルーデルの捜索だ! あいつならもしかしたら生きているかもしれない! 泥の中這いつくばって自軍の方へ戻ろうとしている者が居ないか一応気にかけて見てみてくれ!」


「こんな中見つけられるとは到底思えんが……、やるだけやってみよう!」


 私たちは会話ができるほど余裕があった。それは先陣を切るエアネスト軍が大きな損耗を出しながらも強引に敵を蹴散らしてくれているからだ。

 そして父にアルガー、そしてリカードが自ら最前線で奮闘していることもあり、敵は恐慌状態に陥り撤退、味方は士気が大きく向上といった事情もあった。


 私は死体の山を横目にひたすら前方の騎兵隊に着いて行った。これだけの犠牲を出してしまったことを、悔やんではいない。必要な犠牲であったと、そう言い切る。

 どれだけ私が嘆こうが現実は変わらない。父やデアーグ、歳三に孔明、タリオにハオラン、他にも数え切れない人たちが命を懸け私のために戦ってくれているのだ。私が立ち止まっている場合ではない。






「申し訳ないが我々はここで限界だ! 戦線を離脱する!」


「ありがとうございました! どうかご無事で!」


 徐々に兵をすり減らしながら皇都まであと少しというところで遂にエアネスト軍が壊滅した。

 しかしここまで来れば敵の防御陣形はほぼ突破しており、あとは逃げる敵兵の背中を切りつけながら門まで駆け抜けるだけだ。


「──! レオ様、左に避けてください!」


「な……!?」


 タリオに言われ思いっきり手網を引いたことで、すんでのところで壁上から飛んできたバリスタを躱すことができた。


「もうそんな距離か! だがあいつらも適当に撃っているな!」


「今のはたまたま近くに落ちただけです! ですが早く門が開かないと立ち往生しますよ!」


「信じろ! 必ず開く!」


 そう言いながら私は暴風雨の中、なんとか目を凝らして門を見ていた。この強風でもビクともしない巨大な門は圧倒的な存在感を放っていた。


「……あっ!」


「どうした!?」


「ひ、開きました! 門が開き始めています!」


「よし! このまま突っ走るぞ!!!」


 どうやったかは分からないが、確かに私たちの行く手を阻んでいた門はゆっくりと開き始めていた。

 私たちは全速力で門を抜けることを目指すが、近づけば近づく程に壁上からの攻撃も激しくなってきている。宮廷魔導師が居る可能性も考えれば竜人を向かわせることもリスクが伴う。


 運悪くバリスタに当たらないことを祈っていたその時。

 ドガーン! バーン! バーン! バーン! と壁上から立て続けに爆発音が聞こえて来た。


「壁上の防衛兵器が破壊されたようです!」


「タリオお前良く見えるな……。しかし、雨に濡れないように爆弾を仕掛けていたのか? そんなことができるのは……」


「目がいいのだけが取り柄ですから! ──っと、レオ様気を付けてください! 門の先、皇都の中で何者かが居るようです!」


 悪天候で視界が悪いが、薄暗がりの雨の中ぼうっといくつかの黒いシルエットが浮かび上がっていた。


「敵兵が待ち構えているのかもしれない! 皇都に入ってからも油断するな!」


 そう言い私は剣を抜いた。宝石が散りばめられたそれは武器としては何の戦術的優位性タクティカルアドバンテージもないが、その宝剣が持つ権威は別の意味で皇都の守備兵たちを倒すことができるだろう。


 段々と黒いシルエットの姿がより鮮明に映し出される。深くフードを被った者たちの足元にはキラキラと雨に濡れた鎧が輝いていた。そして辺りは鮮血で赤く染められている。

 やがて近づくと、彼らの正体が分かった。


「お待ちしていました、レオ様。皇都に到着されたこと、心からお慶び申し上げます」


「お前たちだったか……」


 雨で燻る壁上の兵器の焦げるような匂いが立ちこめる中、アルドたちウィルフリード諜報部隊の面々は深深と私たちに頭を下げた。

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