178話 雌雄決す時

「進めェ! 一歩でも退いた奴は俺が叩き斬る!」


 一度柵を突破してしまえばこちらのものだ。

 歳三率いる妖狐族抜刀隊のように、我らが獣人部隊は個で優れている。乱戦となれば後は文字通り獣の如く敵を食い荒らすだけだった。


「レオ様ご報告を! 敵本陣は指揮を完全に放棄! 敵軍は敗走を始めました!」


「伝令ご苦労! ──このままトーアの街を攻略する! 国有軍が来る前にケリをつけろ!」


 南側の壁上兵器は破壊したが国有軍が向かってくる北側にはまだ健在だ。こちらが街を占領すれば防衛設備としての役目は果たしてくれるだろう。

 開戦時に多少苦しんだ我々が今度は地の利を奪うのだ。


「敵軍は潰走している! 街まで押し込め!」


 全軍が一気に駆け上がる。騎兵が突撃しを切り開き、歩兵が残った敵兵を片付ける。


 地面に転がる死体の割合も、柵の手前では友軍の方が多かったが今ではほとんどが敵兵のものだ。

 確実に目の前まで勝利が近づいて来ている。そう希望を抱いた瞬間だった。


「……は? ……な、何をしているんだ……?」


 突如トーアの城門にある門が閉まり跳ね橋が上がり始めた。まだ外に出ている軍は少しも撤退できていないというのに。

 確かに少しでも遅れれば騎兵による侵入を許してしまうかもしれない。しかしそれなりの地位にある指揮官クラスも含め、外にいる全ての味方を見捨てるというのはありえない。


『レオ、これは時間稼ぎです。野戦での敗北を悟り国有軍の到着まで籠城戦で持ちこたえるつもりでしょう』


「クソ! 酷いことしやがる……!」


 敵兵が中に逃げ込めばそいつらは助かる。街を占領して白旗を上げればそれで済むのだ。

 しかし外で剣を持っている兵士は違う。それらは排除しなければ自分に危害を与えてくる敵だ。必ず最後まで仕留めなければならない。

 それだけに、彼らの臆病さからの残酷な行動は死者数を抑えたい私にとっても歓迎できたらものではなかった。


「戦いを長引かせて私たちのメリットは一つもない! ルーデルあれを何とかしろ!」


『了解。させてもらう』


 好きにやらせた時のルーデルは強い。

 補給を終えたルーデルは、『Drachen Stuka』ルーデル専用の中型爆弾、制式三号航空爆弾を三発装備した状態で攻撃を敢行。

 二発の爆弾が城壁の跳ね橋を上げる鎖部分に命中すると、跳ね橋は自重により強制的に降ろされた。そして最後の一発で閉められた門が破壊されその役目はもう期待できなかった。


「逃げる敵兵は構うな! 街を落とせ!」


 中では敵兵が待ち構えている。しかし帝国最強のウィルフリード陸軍、新進気鋭のファリア軍にとって敵ではない。

 空襲に怯え、まともな指揮系統を失ったトーアの守備部隊は瞬く間に壊滅。私たちはそのままトーア領主がいるであろう屋敷まで向かった。






 人手のない街を行った先に、既に兵士が取り囲んだ屋敷があった。


「レオ、後は俺に任せろ」


「ああ……」


 ここまで追い詰めたとて、腐っても領主は貴族である。貴族だけにある特別なスキルを持ち合わせていることだろう。

 本来なら私自身の手で終わらせたい。だが、これからやることの内容とその危険性を考えれば歳三に任せた方がいい。


 歳三とカワカゼら妖狐族が屋敷に突入していく。


「キャァァ!」

「や、やめてく──グァッ!」


 悲鳴はすぐに聞こえなくなった。

 そして出てきた、返り血に塗れた歳三の手には髭面の男の首があった。


「敵将、討ち取ったり!」


「うぉぉぉ!」

「我々の勝利だ!」


 屋敷を取り囲んでいた兵士らの間で歓声が沸き起こる。

 しかしそんな雰囲気とは真逆に、私は至って冷静だった。


「屋敷を綺麗に片付けてエルシャをここに入れる。皇都からの国有軍は間もなくやってくるぞ。街の占領と並行し装備の点検、被害状況の確認、小休止を行え」


「──はっ!」


「……どうしたレオ、随分ピリついてんな」


「本番はむしろこれからだ。いつ大軍が押し寄せてくるかも分からないのに悠長に喜んでいる暇はない」


「まァそうだけどよ」


「ハオランたちにはすぐに偵察へ向かってもらう。北側にある壁上の防衛兵器の確認と、できる限りの防衛陣地の設営を急げ」


 軍事的知識の面では父や孔明には敵わない。ならばせめてこうした場面だけでも積極的に働かなくては、あの玉座に自信を持って座ることができない。

 今ここでの動きはトーアの領民にも見られている。彼らにも認められるだけのパフォーマンスをしておくことで、今後の政治のやりやすさに大きく影響するだろう。


「常在戦場の意識を忘れるな」


 次の戦いで、国有軍を破ったその時こそ、真の勝利を声高々に宣言できるのだ。

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