172話 対峙
「孔明、作戦を」
「はい──」
ウィルフリード軍がベゾークト軍の進撃に備えイベネン平原に布陣している間、後続部隊となる私たちファリアとリーンでイレリヴァントの集会所を借り作戦会議を開いていた。
「しかし作戦と言っても、特に地理的な障害もない平原での戦いですので、数のまま押し切るのが一番かと」
「そうね。私たちは合わせれば二万以上。相手の二倍の兵力がある。変に奇策をやるために兵を分散させるリスクを犯すより、堅実に平押しするのがいいわ」
それが孔明、ザスクリアという歴戦の二人の出した結論だ。定石通りの確実な一手。
しかし私にはそれが最善とはならない。
「だがそれでは同じ帝国民であるベゾークトの兵が多く傷つくことになるだろう」
私が異論を唱える。
すると孔明はそれが分かっていたかのように、にやりと笑い作戦の続きを話し始めた。
「……その通りです。ですのでやはり、レオが先程通信機越しに言っていた、実験といきましょう」
「実験……?」
通話に参加していなかったザスクリアは疑問の表情を浮かべる。
「戦闘を一瞬で終わらせることができれば被害も減る。そうでしょう?」
「ええ……、まぁ、そうね」
「レオ、俺の出番だな」
ルーデルが満面の笑みでこちらを見つめていた。
「残念ながらアレは数が限られている。ここで消耗すべきではない」
「だが実際に使ってみないことには威力も分からないだろう」
「威力は何度も試しただろ」
「だが敵の反撃を想定した訓練をまだ行っていな──」
「ルーデル! ……敵は弓矢だから大丈夫だ。そして最終的にはとんでもない数の国有軍を相手にすることになる。その時に全ての弾薬を消費していい。だから今は待て」
「……承服しかねる。少しだけでも試しておくべきだ」
こうなれば意地でもルーデルは勝手に出撃するだろう。止めるだけ無駄だ。
「……分かった。だが使うのは小型の方だけだ。いいな?」
「決戦兵器は取っておくという考えには賛同する」
ルーデルは嫌々といった感じだが私の命令に従ってくれるようだ。
「……と、話は逸れたが、一気にカタをつける。そのための作戦だが……、私には突撃しか能がない」
「ハハッ! レオ、俺はそういうの嫌いじゃないぜ」
「そんなの危険すぎるわ! ベゾークトの兵のことは諦めて、こちら側無駄に被害を出さないことを優先すべきよ!」
「おや、別に私たちは何の考えもなしに突撃する訳ではありませんよ? むしろ急速に状況が変化する強襲こそ最も作戦を練る必要があるのです」
私の思い切りの良さに笑顔になる孔明と歳三とは対照的に、ザスクリアはドン引きの様子だ。
「あなたたち少し冷静になった方がいいわ。確かに亜人・獣人との戦争ではたまたま上手くいったかもしれないけど、何度も同じことをやっていてはいつか死ぬ。確実に勝てる戦いをそこまでしてやる必要はないわ!」
「では正面からぶつかった場合、この戦いにはどのくらいの時間を要するでしょう」
「それは……」
孔明は羽扇で口元を覆い、ザスクリアを説き始めた。こうなれば弁舌に優れた孔明を止めることはできない。
「いくら二倍の兵力と言えど、丁寧に攻めれば一日では戦いは終わらないでしょう」
「……」
「そして今は平原までわざわざ出てきたベゾークト軍ですが、戦いの途中で彼らの領地まで引き返し籠城戦となれば攻略までにどれだけの日数を要するか分かりません」
攻城戦の攻撃側は守備側の十倍の兵力が欲しいところだ。野外戦で多少数を減らしたとしても、防御兵器のある都市を陥落させるには相当の時間と被害を覚悟しなければならない。
「そして敵の本当の狙いは、その時間稼ぎの末に皇都から援軍を呼ぶことでしょう」
「通信機を持たない彼らは伝令を走らせるしかない。だから多少被害を出しつつもとにかく遅滞作戦に努める。……だがそれだけ価値があるのだろうな。中央側が戦いに勝利すればベゾークトは中央の中でも端の中途半端な立ち位置から一転、政権獲得の立役者だ。見返りも大きいだろう」
彼らは被害を出そうともとにかく時間を掛けさせることが目的。私たちは被害を抑え短時間で片付けることが目的。
この戦闘は互いに正反対の目的でぶつかり合っているのだ。このまま馬鹿正直に戦い敵の思惑に乗せられる必要もない。
「ごめんなさい、私は目の前の敵のことしか考えていなかったわ」
「いえ。ですがせっかく敵がわざわざ平原までのこのこと出てきてくれたのです。ここで始末しましょう」
「旧套墨守(きゅうとうぼくしゅ)とならずに常に最善策をもさくする姿、お見事でございます」
孔明は袖の下で腕を組みながら、わざとらしく頭を下げた。
「そうね。リーンも全力で援護するわ」
「では細かい作戦はこちらで立てて実行します。……そして孔明、少し相談したいことが」
「はい、何でしょうか」
私は孔明を側まで寄らせた。
そして周囲に聞こえないように耳打ちする。
「何故ベゾークトはこんなに早く動けたと思う?」
「……恐らくは我々の派閥内に裏切り者が」
「そうだろうな。距離的に考えてここイレリヴァントが一番怪しい。詳しくはアルドたちウィルフリード諜報部に任せるが、すぐには調査結果は出ない。この戦いでも背後からの攻撃を警戒した上での作戦立案を頼む」
「ええ、そのつもりです」
向こうに恩を売りつつ、私たちにも物資の補給などの手助けもする。
イレリヴァントのような強かさを持った者が最後まで生き残り、私のような革新派はいつか排されるのだろうか。
戦いの前に邪念が拭えぬまま、私は地図を広げた机を眺めた。
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