171話 襲来
次の日、ルーデルが知らせてくれた例の発表が皇都で行われたとデアーグから連絡があった。
だが彼らが作り上げた物語を帝国全土に伝える伝令より早く私たちの通信機が情報を伝えている。この時点で情報戦は制しているのだ。
地方にまで伝令が着く頃には、もはや偽のストーリーを信じる者はいないだろう。
「次に行く領地は我々の派閥だが軍を出すことを表明していない。直接会って説得するが、もしかすると寝返り戦闘になる可能性もある。エルは軍列の後ろであるリーン軍の方に行っていてくれ」
「でも私が直接話せばもしかしたら味方になってくれるかもしれないわ」
「いや、エルを少しでも失う可能性あることを考えればその作戦は到底受け入れられない。君がいなければこの戦いの大義名分もなくなってしまう。……そして私自身の願いとして、君を失うなどということは考えたくない。頼むエル」
「……分かったわ。貴方もどうか無事で」
「後方に行ったら頼みたい仕事がある。詳しいことは孔明の使いから聞いてくれ。君は君のできることを、私は私のできることをやろう」
戻ってきたルーデルやハオランたち竜人を先行部隊として派遣し、次に行くイレリヴァントという領地の軍の様子を偵察させている。
今のところ連絡がないので問題はなさそうだが、実際行ってみないことにはどうなるかは分からない。エルシャは今のうちに安全な後方に送るのがベストだろう。
「レオ様、ウィルフリード全軍の出発を確認しました」
「ありがとうタリオ。……それでは我々も続くぞ! 全軍出撃!」
「おおぉぉ!!」
我が軍の指揮は依然高い。だがいざかつて友軍と戦うとなれば彼らの心境も複雑だろう。
私としても貴族として参加した行事などで挨拶をし、そして皇都までの道程で泊まらせて貰った中央貴族の領地もある。できれば剣を交えたくはないものだ。
だが戦場ではその気の迷いは命取りとなる。
私の理想の世界を実現するため、決してこの歩みを止めてはならない。
「レオ、ウィルフリード軍の先頭部隊は無事イレリヴァントを通過したみたいだぜ」
ダイヤルや周波数の関係上、円滑な通信のため様々な所と結ぶ通信機をそれぞれ必要としているが、私一人で全て持ち管理するのは大変なので分担することにした。
私はルーデルやハオランたち先行偵察部隊から最新の情報を。歳三はウィルフリード、リーン各軍との軍事連絡。タリオは後ろの孔明たちの方にある通信部隊からの連絡の受け渡し。その通信部隊は各貴族からの情報だ。
「よし。それでは私たちも通れそうだな」
「ああ。そして今はウルツが直接軍を出すように頼み込んでいるらしい」
父なら万が一襲われても大丈夫だろう。
そもそも父に暗殺者を向けるなどという無謀なことをする人間がいるとは思えないが……。
「ですがレオ様、イレリヴァントを越えた先が問題ではありませんか? 確かベゾークトはどちらの派閥にも属していない曖昧な立ち位置だったはず……」
「その通りだ。だができる限り急いで進軍するためにベゾークトの手前で野営する。危険は承知だが他の貴族とも足並みを揃えて攻撃しなければならない」
タリオの心配ももっともな意見だ。だがここで二の足を踏む場合ではない。より大胆な進軍計画が必要なのだ。
というのも、孔明の献策により、合計十の貴族と共に同じ日にそれぞれ最寄りの中央貴族の領地に攻撃を仕掛けることになった。
そしてその計画の日が明後日なのである。
これを受けて第一皇子側の中央貴族はもしかしたら寝返る、もしくは中立を表明するかもしれない。そうすれば攻撃自体は時間がずれるが、とにかく同時にこれだけの地方貴族が蜂起したという事実が大切なのだ。
『レオ、少々マズイかもしれんぞ』
「どうしたハオラン」
私たちもイレリヴァントの街が見えてきた頃、ハオランから通信が入った。
『ベゾークトが兵を動かしているのが見えた。それもこっちに向かってな』
合流するならわざわざこちらに向かってくる必要はない。軍備を整えただ待つだけでいいのだから。
タリオの心配はすぐに現実のものとなってしまった。
「ウィルフリードにもその事実を伝えてくれ。そしてすぐに帰還しろ。私たちも戦闘に備える」
私のその言葉を聞いた周囲の者たちの間に緊張が走った。
『了解した。それでは我らも偵察が完了次第そなたの元に戻ろう』
「歳三、ベゾークトの勢力は?」
「あー、確か領民が三万ぐらいだったから、兵力としては八千から一万ちょっとってところだな」
「良いだろう。その程度なら障害にすらならない。新兵器や新しい軍略のテストに丁度いい」
「す、凄い自信ですね……」
「怖気付くな。私たちが目指すのは人口三十万の皇都。てきは周囲からかき集めれば二十万の兵力が出せる国有軍だ。ここで躓くはずもない」
そう言いながら自分自身にも言い聞かす。
これからやろうとしていることは、まともな精神では到底できない。イレリヴァントのように風見鶏でいるのが一番なのだろう。
だが、冷遇される地方領土の現状を変えるためには、残酷なこの世界に一時でも平和を築くためには、何がなんでもやり遂げなければならない。
それが私がこの世界にいる意味だと思うから。
「レオ、皆に指示を出した方がいいぜ」
「分かっている。……今から私は父に連絡するが、歳三の方の通信機を孔明に繋いでくれ。同時に話した方が早い」
「おう。……あーあー、……孔明、聞こえるか?」
『……はい、何でしょうか?』
「孔明、私だ。ベゾークトと戦闘になりそうだ。今から聞こえてくることから至急作戦を考えてくれ」
「成程。状況は把握しました」
このまま敵が進んでくればあと数時間で先頭のウィルフリード軍とベゾークトが衝突するだろう。ウィルフリードの指揮を取るべき父がいつまでもここで説得していては話にならない。
私はダイアルを父の通信機に合わせる。
「──父上、聞こえますか?」
『……ああ。どうした?』
「どうやらベゾークトは私たちの敵のようです。すぐにウィルフリード本軍までお戻りを」
『……そうか。分かった。イレリヴァントは残念だがやはり軍は出してくれないそうだ。戦地になるのであれば防衛に兵を残しておきたい、と。だが宿や物資の提供はしてくれるそうだ』
「なるほど……。それでは我々は一度ここで補給と休憩を行い、イレリヴァントとベゾークトのちょうど中間にあるイベネン平原で敵を待ち構えましょう」
『良い考えだ。では俺はウィルフリード軍まで戻りその準備に取り掛かる』
『レオ、私もその作戦に賛成です。作戦の詳細が決まり次第こちらから連絡します』
「了解した。それではそれぞれ行動に移ろう」
こうして帝国民が帝国民を殺す、無益な戦いが始まろうとしていた。
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