164話 もうひとつの戦い

「そんじゃァ、これから俺たちは国家転覆を狙って動くってことでいいか?」


「言い方が悪いぞ歳三。……第一皇子も第二皇子も信用に値しない今、この国を想うが故に皇女殿下を立てるべく動くのだ。錦の御旗は我らにある」


「……そうだな」


 旧幕府軍を率いてた歳三が今度は真逆の立場に立つというのは何の因果だろう。

 だが立場など関係なく、一度命を捧げると決めた君主のために最後まで戦う。それが歳三の信条であることに変わりはなかった。


「ですがレオ、これはあまりに過酷な道のりです。まずは我々の派閥にある貴族たちの支持を得るところから始めなければなりません。中央で大きな動きがない限り、こちらも無駄に行動を起こすことなく慎重にその機を見定めねばなりません」


「ああ。これは決して失敗の許されない戦いだ。皇子二人を差し置いてエルシャを立てるだけの大義名分を得るまで、容易には動けない」


「そうですね。今は迂闊に尻尾を掴ませないことが肝要です。……それでレオ、こうした交渉は自らが王になりたいと言い出すより、周りから動いた方がいいものです」


「そう、だな……?」


 孔明はまた不敵な笑みを浮かべる。


「ウィルフリードとエアネストの二家に中心となって交渉をしてもらいます。自然とレオが皇位につくまでの流れを作るのです」


 私たち実力派貴族としても、身内から皇帝を出すとなれば今までの不遇な扱いからも解放されると歓迎してくれるだろう。

 だが中には受け入れられない人間も当然いる。それをどう説得するかが問題だ。


「そして何より皇女殿下自らがその陣頭に立って皆を先導することが必要です。ですので各貴族との交渉は我々が、レオには皇女殿下の説得をよろしくお願いします」


「ああ」


「そうですね……、きっと今が一番楽しい時期でしょう。十日程仕事を休み皇女殿下と過ごされてみてはどうでしょうか」


「……おいそれはどういう──」


「おいレオ! これ以上野暮なこと言わせちゃいけねェ! これは俺らなりの気遣いでもあるんだぜ? ……真面目な話をすりャ、これからどうなるか分かんねェから今は楽しんどけってことさ。それで十日後に腑抜けた顔してたら俺らが尻を叩いて目を覚まさせてやる! だから……な?」


「……お気遣い感謝するよ」


 私がエルシャを大切に思う気持ちは事実である。それを知ってこうしたことをしてくれるのも嬉しくはある。

 だがどうにも弄ばれていると言うべきか、一度壮絶な人生を送った英雄たちから感じる余裕や雅量(がりょう)の深さに嫉妬するような気分にもなることがあるのだ。


「それではお楽しみを……。緊急の要件があればミーツを向かわせますので」


「……では後は頼んだ」







「──という事だ。……どうだ? 私を気にせず、君の心からの意見を聞かせてくれ」


 私は屋敷に戻ると、仕事部屋で私のことを待っていたエルシャに全てを打ち明けた。


「……そうね。十日間もし続けて大丈夫なのかしら。私は貴方の体が今から心配だわ」


「──なッ、何を言ってるんだ! こ、この十日の休みは最後にゆっくり休んどけということであって……。と言うか、私が聞きたいのはそっちではなく、せっかく政治のしがらみから抜け出した君を再びそのど真ん中に押し上げることへのだな……」


 私がそう慌てて否定している様子を、エルシャは机に両肘をついて組んだ手に顎を乗せ、余裕そうな目つきで私を笑いながら見ていた。


「……それは、まあ、そうね。でも、貴方がいるなら、それはそれでいいわ」


「そう……か」


 少し歯切れの悪い彼女の反応に、やはり幼少期から積み重なった政治への嫌悪感があるのだと察した。


「強気なことを言っているが、私も本当は王になどなりたくはないんだけどな……」


 地方貴族としての責務ですら押しつぶされそうな日々である。それが一国の主ともなれば、こんな自分には無理だろという気持ちの方が先に来て当たり前だ。


「王にはなりたくない。だが、本当はこうして何もない、小さな幸せに囲まれた日々を過ごしていきたい。でも、きっとこのままじゃ、その生活は守れない。だから、私がこの世界を変えてみせる。私と、私の周りの人たちの幸せな日々を守るために、この残酷な世界を平和な世界に創り変えたいんだ」


 自分の中で何度も押し問答を重ね、孔明や周りの人間とも相談し葛藤を続けた先に出た答えがこれだ。


「本当に、できるの?」


「君がいるなら、絶対に」


 私は強く、そう言い放った。


「……これだけ覚悟を決めた人を応援しないなんて、妻として失格ね」


 まっすぐに私を見つめる彼女は、優しく微笑んでいた。


「……ありがとう、エル」


 十日分の仕事が終わった安堵感より、彼女を一緒に茨の道を歩かせることにしてしまった罪悪感が勝っていた。

 だが、身分を隠して逃げ出すほど、私も彼女も弱くない。互いに戦う覚悟はできている。


「──それじゃあ貴方が王に相応しい男か試してあげる」


「え?」


 そう言うとエルシャはいきなり私をソファに押し倒してきた。

 そして馬乗りになり、なんとか服を寄せて隠していた私の首筋に刻まれたキスマークを指でなぞる。


「いやいやいやちょっと待て」


「あら、王になろうという男が怖気付くの?」


「ち、ちがッ──」


「あ〜、えっと……、お邪魔して悪いんにゃけど、先にいいかにゃ……?」


 そう。私の仕事部屋は業務円滑化のために常に解放している。そして警備上の観点から近くには必ず誰かが立っている。

 つまりここで何かおっぱじめようなどということは全くの愚策である。


「エルシャ様、私からもお先によろしいでしょうか」


「…………。……なんでしょうか」


 流石のエルシャも自分の女中の前で蛮行に及ぶことはなかった。


「昨晩は御自身の寝室を御利用になられなかったようですが、今晩はいかが致しましょうか? よろしければレオ様の寝室の方に替えのシーツと下着を予めいくつか御用意致しましょうか」


「そ、そうね! それがいいわ! そうして頂戴……!」


 そうするんだ……。


「レオ様、お仕事についてですが緊急の要件があればミーツからレオ様の魔導通信機に直接ご連絡することにしますにゃね。またお邪魔したら悪いにゃので……」


「い、いや本当に緊急なら直接知らせてくれた方が──」


「それがいいわ! そうして頂戴!」


「えぇ……」


 ここでヘクセルの改良によって音量ボタンが追加されたのがここで活きることになりそうだ。通信機は常に魔力源をオンにして音量も最大にして置いておこう……。


「お食事も通信機で連絡があればお部屋の前までお運びしますにゃから、もうお邪魔になることもないと思いますにゃ……」


 やはりミーツはエルシャを恐れているようだ。エルシャを見ると牽制するかのような鋭い目線でミーツを睨んでいる。

 大した関わりもないはずだが一体エルシャはミーツの何を聞いてここまで殺気を放っているのだろうか。


 謎も夜も深まるばかりであった……。

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